表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
若山 深玖里 其の二
82/84

第5話 峠の主・樫旺

 三十分ほど歩いただろうか?

 山頂に近い急な斜面を降りたところまできた。

 平石が山に積まれた横に、ひときわ大きな樫の木があり、その横に小さな小屋がある。


「こんなところに小屋?」


 山道から外れた人目に付きにくい場所だけれど、拓けていて遠くまで良く景色を見渡せる。

 銀子(ぎんこ)が、こちらでございます、といって小屋の中へと入っていった。

 あまりにもあっさりと通されて、警戒心が湧く。

 深玖里(みくり)翔太(しょうた)も、小屋を前に立ちつくしていると、中から低い呼び声が届いた。


「どうぞ、中へ」


 この声は、きっと樫旺(かしおう)だ。

 意を決して中へと入る。


 真正面に、どっかりと座った大きな狸がいた。

 体のあちこちに包帯が巻かれ、後頭部には大きな絆創膏が貼られている。

 深玖里が翔太を促して樫旺の前に正座すると、樫旺は深玖里たちに向かって丁寧に頭をさげた。


「このたびは、茂助(もすけ)と銀子がご迷惑をお掛けしたようで、誠に申し訳ない」


 樫旺の隣で茂助も銀子も、床に頭がつきそうなくらい、ひれ伏した。

 深玖里も翔太の頭を押さえて座礼をする。


「いいえ。ですが、いたずらも度が過ぎると、今回みたいなことになります」


 来たのが深玖里たちでなければ、銀子も茂助も倒されていただろう。

 人に危害を加えて、懸賞金がかけられるというのは、そういうことだ。


「まっこと、申し訳ない……」


 再度、深く頭をさげる樫旺に、翔太が慌てた様子で楽にするように言い含めている。

 そのあいだに、深玖里は銀子を呼び、賢人(けんと)に貰った軟膏を手渡してやり、すぐにそれを使うように指示した。


「立ち入ったことをお伺いしますが、なぜ、そのような怪我を? 山犬の群れに襲われたとは聞きましたが」


 樫旺に改めて聞くと、山犬たちは、黒狼(こくろう)(えん)の手下だったといった。

 厭の命で駿河国(するがのくに)に渡るよう言われたのを、断ったのが原因だった。


 子だぬきたちが襲われそうになり、それを庇った樫旺は、怪我を負ったけれど、山犬たちは撃退したそうだ。

 ただ、その際に薬の作り置きが駄目になってしまい、なかなか傷が治らないのを心配した茂助たちが、騒ぎを起こした。


「我らは慎ましく平和に暮らしています。たまには人を驚かせるような()()はしますが、危害は加えない」


「その怪我、だいぶやられたよね? 嘘でも従ったふりをして、後方で控えていればよかったんじゃない?」


「先代も黒狼とは戦ったというのに、我が従うわけにはいくまい」


「先代も? 厭はそのときも人を襲うためにやってきたの?」


「先代のときは、黒狼の(きょう)だ」


 樫旺の先代は、この辺りを守る獣師(じゅうし)眷属(けんぞく)だったそうだ。

 獣師ともども倒されてしまい、当時はまだ妖獣(ようじゅう)になりたてだった樫旺が、あとを継いだという。


「黒狼の兇か……」


 翔太はなにか、心当たりがありそうだ。

 きっと賢人や優人(ゆうと)も、知っているんだろう。


「薬を作れるのが我だけだったため、新たに薬を作ることができず、人々には迷惑をかけた。今後は当分のあいだ、山をおりるつもりはない」


 茂助と銀子を許してやってほしいといって、また樫旺は頭をさげる。


「そりゃあ……今後、やらないというんであれば、依頼を取り下げてもらうことはできるけど……深玖里ちゃん、どうする?」


 依頼がなくなることで、当然ながら、賞金もなくなる。

 稼ぎたいとは言え、普段は無害な妖獣まで、手に掛けるつもりはない。


「いいんじゃない? 樫旺は信用できると思うしね」


「ありがたい……」


「いいよ。それより、その薬、ちゃんと使って傷を治して。治ったら早く新しい薬を作りなよ」


 樫旺は、これを機に薬を作れる仲間を増やすそうだ。

 事情がわかれば用はない。

 翔太を促して帰ろうとした深玖里を、樫旺は呼び止めてきた。


「坊は獣師とみたが、この茂助と銀子を眷属に加えては貰えぬだろうか?」


「えっ?」


 驚いた深玖里を、翔太も目を見開いてみている。

 男だとバレていたことはもちろん、獣師などといわれたことにも驚いた。

 すぐに深玖里も翔太も、それを否定した。


「いや……アタシ、獣師なんかじゃあないよ?」


「樫旺さま、今、和国(わこく)には獣師はいないんですよ?」


「だが坊は、緋狐(ひこ)を眷属に持っているだろう?」


 ここで緋狐の名前が出たことにも驚愕する。

 なぜ樫旺が、緋狐を知っているのか。


「緋狐を知っているの? けど、緋狐は……眷属とかそんなんじゃあないよ。仲良くしてる友だちだ」


「緋狐とはまだ互いに幼かったころ、よく遊んだ。坊からは緋狐の気配がしたから、てっきり眷属にしているのかと……」


「違う違う! ホントにそういうんじゃあないよ」


「だが使い魔は持っている、それは間違いないであろう? それであれば、ぜひとも茂助と銀子も……」


「チョット待ちなよ。そもそも、茂助も銀子も、それでいいワケ?」


 見ると茂助と銀子は、獣師さまの眷属になりたかった、といって目を輝かせている。


「だって……アタシ獣師じゃあないし……それでもいいの?」


「構わぬ。それに……茂助と銀子はのちのち必ず役に立つ。各地の狸や猫たちと繋ぎをもつ顔役だ」


「ふうん……でもね、アタシの使い魔になるには、条件があるよ」


 深玖里は樫旺に条件を提示した。

 一つ目は、深玖里の(めい)は絶対であること、それがどんな命であっても。

 二つ目は、人には絶対に危害を加えないこと。

 三つめは、友だちであること。


 全部を聞き終わった樫旺は、呆気にとられたような顔だ。


「これが守れるなら、受け入れてもいいよ」


「一つ目と二つ目は、わかった。だが、三つ目はどういうことであろうか?」


「どうもこうも、言葉通りの意味だよ。主従関係なんて堅っ苦しいのじゃあなくて、友だちでいてくれればいい」


 樫旺は「なるほど」といって、大いに笑った。

 茂助も銀子も、深玖里の提示した条件になんの問題もないという。

 深玖里はカバンの中から無垢の木を出すと、手早く狸と猫の形に彫った。


「じゃあ、それぞれこの人形に、血判を」


 茂助と銀子の血判を、それぞれの人形の尻に押し、その上から深玖里の血判を押した。

 二頭は吸い込まれるように木彫りの人形に納まった。

 これで、この人形を依り代にして、いつでも呼び出せる。


 今度こそ樫旺に別れを告げ、翔太とともに、賢人と優人が待つ街道へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ