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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
若山 深玖里 其の二
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第4話 遠江国・怪異の正体

 なんの目的があるのか知らないけれど、旅人を驚かせて傷つける。

 それを許しておくわけにはいかない。


 まだ深玖里(みくり)になにかを仕掛けてこようとしているようで、数メートル離れた茂みから殺気があふれてくる。

 カバンの中に、ずっとしまってあったガラス瓶を握りしめ、茂みの横の木に向けて投げつけた。


――ガシャン!!!――


 大きな音とともに、中の液体が周辺に飛び散った。

 茂みの気配がざわつき、断末魔のような叫び声が響いてきて、深玖里は思わず大爆笑してしまった。


「くっさぁぁぁぁぁい!!!」


「人間がぁ……なにをしやがったあぁぁぁ!!!」


 飛び出してきた巨大な影に、すかさず呪符(じゅふ)を投げた。


(きん)(きん)(ばく)()!」


 体を強張らせ、転がった二体は、猫と狸だ。

 人の言葉を話すから、すでに妖獣(ようじゅう)になっているんだろう。

 深玖里は太刀を抜くと、峰で二頭の喉もとに触れた。


「ホントに効くもんなんだね。アンタたち? 最近、この辺りで人に危害を加えているのは」


 猫も狸も憎々しげに深玖里を睨むも、なにも答えない。

 深玖里は二頭のあいだにしゃがみ込むと、もう一本の瓶をカバンから出した。

 栓を開けて、交互に鼻もとに近づけると、二頭とも動けないながらも、必死にもがく。


「やめてぇぇぇぇ!!! くさいってぇぇぇ!!!」


「やめてほしけりゃあ、答えなよ。この辺で人が襲われて怪我を負わされてる。アンタたちがやったの?」


 もう一度、聞いてみると、やっと認めた。

 そんなに、この臭いは効くんだろうか? 二頭ともとめどなく涙を流している。


「なんでそんなことをしたの? いたずらにしちゃあ、やり過ぎなんじゃない? 相手、怪我してるんだし」


(ぬし)さまのために、薬が欲しかったんですぅ……」


 先だって、山犬の群れに襲われて、峠の主である狸が大怪我を負ったという。

 なかなか良くならないのを心配して、この峠を通る旅人を妖術で脅かし、薬を奪っていたそうだ。

 怪我を負わせてしまったのは、焦りで力加減がわからなくなったからだといって、さめざめと泣く。


 さっき深玖里にやったようなやりかたを、続けていたらしい。

 驚かし、爪で荷物を引き裂いて中身を奪う。

 確かに翔太(しょうた)のように、驚く人はたくさんいただろう。


「……気持ちはわからないでもないけどさ、人に怪我をさせちゃあ駄目でしょ?」


 懸賞金をかけられて、深玖里みたいな懸賞金稼ぎが来たら、あっという間に退治されてしまう。

 深玖里の指摘に、二頭ともシュンとして縮こまってしまった。


「うっわ……なに? この臭い。深玖里ちゃん、なにやったの?」


 翔太は近づいてくると、鼻をつまんで目をしばたかせた。


「あ~……猫と狸だったんだ?」


「うん。狸は想定外だったけど、猫だろうなって思ってたんだ」


「へぇ……俺は全然、わからなかったよ。で、この臭いは?」


 翔太に瓶を投げて渡した。

 栓を外して臭いを嗅ぎながら、顔をしかめている。


「それ、みかんの皮の汁と木酢液(もくさくえき)と、いろんな野草とかを煮詰めて混ぜたの。思いのほか、効いたね」


「そんなにいろいろ入っているんだ? そりゃあ、この臭いじゃあ、猫も狸も嫌だろうねぇ……」


賢人(けんと)優人(ゆうと)は?」


 翔太は何度も瓶の中身の臭いを確認しながら、面倒臭そうに親指で後ろを指した。

 見ると、二人とも最初に立ち止まった場所から動かずにいる。


「ねぇ! なにしてんの? 正体、わかったよ! 早く来なって!」


 なにをしているのか、動こうとしない二人に駆け寄ると、飛び退いて逃げる。

 その勢いに驚いた。


「深玖里、わかったから、とりあえず近づくな」


「あんなものを持っているなんて……あれじゃあ、いくらなんでもヤツらがかわいそうだ」


「なに? あんたたちも、この臭いが苦手なの?」


 賢人も優人も涙目になっている。

 仕方なく、離れた場所から、猫と狸から聞いた経緯を話して聞かせた。


「それで、アタシ、これからチョットその主とやらに話を聞いて来ようと思ってるんだけど、アンタたちはどうする?」


「そういうことなら、俺たちはここで待つよ」


「深玖里、こいつをその主のところへ持っていけ」


 賢人が投げてよこしたのは、いつか深玖里が優人から貰ったような、チューブに入った軟膏だ。


「そいつを使えば、恐らくすぐに良くなるはずだ」


「わかった。渡してくるよ」


 翔太とともに、猫と狸に案内をされて火剣山ひつるぎざんの奥へと向かった。

 奥へ進むほど、樫の木が増えていく。


 進みながら、猫と狸に名前を聞いた。

 猫のほうが『銀子(ぎんこ)』で狸のほうは『茂助(もすけ)』だという。


「へぇ……キミたち、ちゃんと名前を持っているんだ?」


「はいー。私たちは大所帯なので……簡単ではありますが、みんな名前をいただきましたぁ」


「その主とかいう狸がつけてくれたの?」


「そうなんですぅ。樫旺(かしおう)さまは、みんなにとても良くしてくれるんですぅ」


 翔太は動物が好きなのか、当たりの柔らかい話しかたで、二頭も警戒心を緩めて答えている。

 こちらが名乗る前に、主の名前まで聞けるとは思わなかった。


 山の中は樫の木のほかに、椎の木や栗の木まである。

 これだけ実をつける木が多ければ、飢えて田畑を荒すこともないだろう。

 きっと、騒ぎを起こしたのは、本当に今回だけなんだと思った。

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