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第2話 符術師・光葉雲来

 金さえあれば、なんでもできる世の中。

 そいつがなくても、生きるものの意識で幸せを感じられる世の中。

 そんな中でも、人には抗えない出来事なんぞ、いくらでもある。

 平穏、平和を望む豊かな国――。


 そんな国に巣食う数多の(けもの)妖獣(ようじゅう)……。


 人と違って金じゃ融通なぞ効きやしない。

 食いものや品物の価値観も違う。


 そこに存在することの意義などは、人とのそれと大きく違って相容れない。

 中には無害のそれらも存在するけれど、多くが人に仇を為す。

 それらを退治して、人々の暮らしを守るための機関を受け継いだのだ。


 そして力のある家系から、決してあとを継ぐことができない嫡男以外の子どもたちを集め、指導して機関の人間として妖獣退治をさせている。

 もちろん、それだけでは手が圧倒的に足りない。


 あちこちの街に請負所を置き、そこで近隣の退治依頼を懸賞金をつけて出している。

 そのおかげもあってか、全国にいる符術師(ふじゅつし)呪術師(じゅじゅつし)、各種武術家たちと繋がりをもち、手を借りられるようになった。


 今では機関も大きくなり、様々なルールを設けて小ものや獣は旅人や腕の覚えのあるものたちにも開放した。


 小銭を稼いで自分の満足行く生計を立てるもの、一攫千金を狙っているもの、欲しいものを手に入れようとするもの、様々な人間が登録員として懸賞金を稼いでいる。


 創設した統領(とうりょう)が掲げた最終目的は、たった一つだけれど、この機関が設立されてからすでに二百年以上が経つというのに、未だ達成されていない。


「さて、仕方ない……行くとするかねぇ」


 重い腰を上げて眼下に広がる街をぐるりと一望したあと、目前にそびえる山頂へと目を向けた光葉雲来(みつばうんらい)は、山の途中にある庵に向かった。


「おじい!」


 庵に入ると、目当ての子どもがすでに待っていた。


「久しいな。ずいぶんと背も伸びた。符術(ふじゅつ)もうまく扱えるようになったそうじゃあないか」


 褒めてやると、はにかんだ笑顔をみせる。

 けれどすぐに沈んだ表情に変わった。


「どうした?」


「うん……跡取り……なりたくないんだけどさ……」


 獣奇(じゅうき)たちが言っていた(くだん)の女が、どうあっても跡取りになれとせがんでくるという。


「好きな人にそう言われたら、頑張らないといけないとは思うんだけど……」


「好きな人? その人はそんな相手なのかい?」


 とぼけてそう水を向けると、聞きもしないことまで話しだした。

 どうやら遠峯(とおみね)緋狐(ひこ)がいうよりも、深い仲になっているようで、雲来は目眩を覚えた。


 まだ子どもだというのに、それを相手になんてことをしてくれる。

 もたもたしてはいられない。

 一刻も早く女から引き離し、連れ出さなければ。


「跡取りにはなりたくないんだな?」


「うん……」


「だったらいっそ、御山(おやま)を下りちゃあどうだ?」


「でも……」


「俺と一緒にしばらくのあいだ、ほかの国をみてみないか?」


 パッと明るい顔を向ける。

 その気はあるようだ。

 雲来はここぞとばかりにほかの国の話しを聞かせてやった。

 この御山以外のこの世の中が、いかに広いかを。


 ここにいて、行かれる場所はせいぜい麓の街くらいだ。

 もっと見識を広げてみないかと誘う言葉に見事に食いついた。


「あのさ、あの人も一緒にいいかな? きっと一緒に来てくれると思うんだ!」


 雲来はうなずきつつも(来るはずなどない)とわかっている。

 件の女が欲しいのは、この御山を束ねる権力だ。

 ここを足掛かりに、あちこちへ勢力を伸ばしたいんだろう。


 それを捨てて御山をおりようとするものに、ついて来ようと思うはずもない。

 可哀想な思いをすることになる。

 わかっていても、自ら進む気持ちになるように、あえて止めずにいかせた。


「それじゃあ、俺はこの庵で待っているから。出発は今夜、日付が変わるときだ。それまでにここへ戻っておいで」


「うん! わかった!」


 早々に庵を飛び出していく。

 その後姿を見送ってから、庵の扉を閉めて夕飯の支度をして待つ。


 深夜になっても戻ってこない。

 翌朝も、その夕刻も。

 また夜を迎え、日付が変わるのを待って探しに出た。


 呪符(じゅふ)を出して子の名前を書き記し、それを飛ばした。


浮蝶(うきちょう)


 呪符が蝶に変わり、森の中を探る。

 小さな滝の流れ込む池のほとりに姿をみつけ、雲来は迎えにでた。

 うなだれて立ちすくむ肩にそっと触れた。


「……ここで待ち合わせしたんだ。準備をしたら来るって……一晩待ったんだ……」


「……そうかい」


 山の上から、灯りがチラチラと動いている。

 子の姿が見えないことで、派閥のやつらが捜しているんだろう。


「戻りたいのなら、そうしてもいいんだよ。ただし、好機を逃すことになる。次はないかもしれないが」


「ううん……行くよ。一緒に行く」


 思いきったように小さな体で荷物を背負い、刀を腰に帯びた。

 一度だけ山頂に目を向け、ひどく寂しそうな表情をみせたあと、なにもかもを振り切った笑顔で雲来のあとを追ってきた。

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