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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
若山 深玖里 其の二
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第1話 駿河国・新たな旅

 いつでも、そう思われるように振舞ってきたけれど、みんな本当に疑うことなく、深玖里(みくり)を女だと思っていたらしい。

 馬鹿なヤツらだと思いつつも、そのおかげで賢人(けんと)協働(きょうどう)とやらになれたから、まあ、良しとしよう。


 これまでずっと一人旅で、ここからは賢人たちと一緒になるのか。

 探し人の件は、みんなと一緒に旅をする中で、情報を得ればいい。


 街の入り口で、駿人(はやと)は唐突に「オレはここまでだからだ」といった。

 (えにし)が見てわかるほどに動揺している。

 五人はなにかを理解しているようにみえた。


 深玖里はなにがなにやらサッパリわからず、いっそ聞いてみようかと思ったけれど、口を挟む雰囲気じゃあない。

 駿人は縁を発奮させるように「強くなれ」「自信を持て」と言った。


 何年くらい、一緒に旅をしてきたんだろうか。

 駿人は縁になにかを語りかけた。

 内容は聞き取れなかったけれど、『(にち)』という言葉が耳に届き、深玖里は急に胸の奥に痛みを感じた。


「二人とも、こいつらのこと、よろしく頼むな」


 駿人はそう言い残し、薄れて消えた。

 あとに残ったのは、小さな牙だ。

 賢人はそれを拾い上げると、たたずむ縁の手に握らせた。


「縁……これはおまえが持て。これはきっと、縁を守って力を与えてくれるから」


 縁は取り乱すこともなく、ただ静かに涙を流している。

 誰かをなくす痛みは、深玖里も翔太(しょうた)も経験したばかりだ。

 まさか縁まで、このタイミングで同じ気持ちを抱えることになるとは、思いもしなかった。


「……っていうか……さぁ……駿人がいなくなって……縁はこれからどうするんだよ?」


 翔太が優人(ゆうと)と賢人に問いかけたとき、誰かの式神がヒラリと舞い降りてきた。

 優人がそれをつかみ、中を確認した。


登和里(とわり)さんからだ。縁、ここから木ノ内(きのうち)さんと一緒に本部に戻るように……ってさ」


「ほ……本部に? き、き、木ノ内さんと?」


「ああ。黒狼(こくろう)の牙、あれを無事に持ち帰るように木ノ内さんを守れって書いてある」


 縁は涙を拭うと、無理に笑顔を作って顔を上げた。


「わ、わかった。そっそれじゃあ、ボクもここまでだ。み、みんな気をつけて……ほほ本部で、待ってる」


 そういう縁の頭を、翔太は突然脇で絞め、髪をぐしゃぐしゃに搔き乱した。


「ちょちょっと翔太! ききき急になに?」


「急いで戻るから! 着く前に式を飛ばすから、うまいもん用意して待っててくれよな!」


「わ、わかった。ま、待ってる。そっ……それから深玖里さん、て、手続きはボクがちゃんとやっておくから」


 縁は必死にもがいて翔太の脇から抜け出すと、深玖里に目を向けてそういった。


「こっ細かいことは、追々(しら)せる。て、手続きのしょ署名は、あとで大丈夫だから」


「うん。ありがとう」


「それじゃあ、み、みんな……このさ、先も気をつけて」


 縁に見送られて、深玖里たちは府中(ふちゅう)の街を発った。

 しばらく歩いて、志太郡(しだぐん)岡部(おかべ)に入ったところで、休憩をとることにした。


「休むにはまだ早いけど……今のうちに、ここからのルートを改めよう」


 優人が地図を広げて今いる場所を指した。


「今、ここ。岡部だ。ここから島田(しまだ)まで行って……大井川(おおいがわ)を渡って遠江国(とおとうみのくに)に入る」


「遠江国? 島田から入ったら、火剣山(ひつるぎざん)があるじゃない? アンタたち疲れてるんじゃないの? 焼津(やいづ)を回るんじゃ駄目なの?」


「それじゃあ遠回りになるだろう? それにこの辺りの(けもの)の様子も知りたいじゃあないか」


 深玖里が火剣山のルートを渋ると、賢人が優人に加勢した。

 獣の様子のことをいわれると、深玖里も嫌とは言えない。


「翔太、アンタはどう思う?」


 隣に座る翔太をみると、翔太はジッと深玖里を見つめていた。


「……なによ?」


「なによ……って……あ~~~……面影が()()なのに……これが男だなんて……」


 大きくため息を漏らす翔太に、深玖里は呆れて開いた口がふさがらなかった。

 横っ面を引っぱたいてやりたい衝動を抑え、優人の広げた地図を叩く。


「もー! いつまで言ってるのよ? どっちだって構いやしないでしょ! それよりルート!」


「はぁ~……はいはい、ルートね。いいでしょ、優人のいうルートで」


「あっそう。だったらいいよ、そのルートで。で、その先は?」


 優人がさらに指で辿りながら、榛原郡(はいばらぐん)を抜けて佐野郡(さやぐん)を通り、山名郡(やまなぐん)袋井(ふくろい)までいくと言った。

 ちょうどその辺りで陽が落ちるだろうというのが、優人の見立てらしい。


「わかった。それじゃあ、優人がいうルートに決めよう」


「足が心配だったけれど……女の子じゃあないなら、このルートで問題ないと思ったんだ」


「ああ、そういうこと? 大丈夫。問題ないよ。アタシ、山育ちだし」


 隣でまた翔太が大きなため息をつき、深玖里は横目で睨んだ。


「……深玖里、いい加減、引っぱたいても構わないと、俺は思うぞ?」


 優人も呆れた表情で、そういった。


「それよりさ……縁、大丈夫かな?」


「縁は大丈夫だよ。アイツは強い」


 賢人が優し気な顔でそういった。


「けどさ……アタシが無理やり賢人の協働を買って出たけど……駿人がいなくなっちゃったから、縁が賢人の協働でも……」


 深玖里が言いかけなのに、優人は大声を出して笑った。


「駄目駄目。ケンと縁を協働だなんて、どこを巡ってもチンピラのカモだ」


「もっさいのと、ビビリじゃあなぁ……そりゃあ確かに、いいカモにしかならないよねぇ」


 優人と翔太のセリフに、深玖里も吹きだしてしまった。

 そういわれると、二人がチンピラに絡まれているところしか思い浮かばない。

 深玖里たちが笑う中、賢人一人が憮然とした顔をしていた。

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