第1話 駿河国・新たな旅
いつでも、そう思われるように振舞ってきたけれど、みんな本当に疑うことなく、深玖里を女だと思っていたらしい。
馬鹿なヤツらだと思いつつも、そのおかげで賢人の協働とやらになれたから、まあ、良しとしよう。
これまでずっと一人旅で、ここからは賢人たちと一緒になるのか。
探し人の件は、みんなと一緒に旅をする中で、情報を得ればいい。
街の入り口で、駿人は唐突に「オレはここまでだからだ」といった。
縁が見てわかるほどに動揺している。
五人はなにかを理解しているようにみえた。
深玖里はなにがなにやらサッパリわからず、いっそ聞いてみようかと思ったけれど、口を挟む雰囲気じゃあない。
駿人は縁を発奮させるように「強くなれ」「自信を持て」と言った。
何年くらい、一緒に旅をしてきたんだろうか。
駿人は縁になにかを語りかけた。
内容は聞き取れなかったけれど、『日』という言葉が耳に届き、深玖里は急に胸の奥に痛みを感じた。
「二人とも、こいつらのこと、よろしく頼むな」
駿人はそう言い残し、薄れて消えた。
あとに残ったのは、小さな牙だ。
賢人はそれを拾い上げると、たたずむ縁の手に握らせた。
「縁……これはおまえが持て。これはきっと、縁を守って力を与えてくれるから」
縁は取り乱すこともなく、ただ静かに涙を流している。
誰かをなくす痛みは、深玖里も翔太も経験したばかりだ。
まさか縁まで、このタイミングで同じ気持ちを抱えることになるとは、思いもしなかった。
「……っていうか……さぁ……駿人がいなくなって……縁はこれからどうするんだよ?」
翔太が優人と賢人に問いかけたとき、誰かの式神がヒラリと舞い降りてきた。
優人がそれをつかみ、中を確認した。
「登和里さんからだ。縁、ここから木ノ内さんと一緒に本部に戻るように……ってさ」
「ほ……本部に? き、き、木ノ内さんと?」
「ああ。黒狼の牙、あれを無事に持ち帰るように木ノ内さんを守れって書いてある」
縁は涙を拭うと、無理に笑顔を作って顔を上げた。
「わ、わかった。そっそれじゃあ、ボクもここまでだ。み、みんな気をつけて……ほほ本部で、待ってる」
そういう縁の頭を、翔太は突然脇で絞め、髪をぐしゃぐしゃに搔き乱した。
「ちょちょっと翔太! ききき急になに?」
「急いで戻るから! 着く前に式を飛ばすから、うまいもん用意して待っててくれよな!」
「わ、わかった。ま、待ってる。そっ……それから深玖里さん、て、手続きはボクがちゃんとやっておくから」
縁は必死にもがいて翔太の脇から抜け出すと、深玖里に目を向けてそういった。
「こっ細かいことは、追々報せる。て、手続きのしょ署名は、あとで大丈夫だから」
「うん。ありがとう」
「それじゃあ、み、みんな……このさ、先も気をつけて」
縁に見送られて、深玖里たちは府中の街を発った。
しばらく歩いて、志太郡の岡部に入ったところで、休憩をとることにした。
「休むにはまだ早いけど……今のうちに、ここからのルートを改めよう」
優人が地図を広げて今いる場所を指した。
「今、ここ。岡部だ。ここから島田まで行って……大井川を渡って遠江国に入る」
「遠江国? 島田から入ったら、火剣山があるじゃない? アンタたち疲れてるんじゃないの? 焼津を回るんじゃ駄目なの?」
「それじゃあ遠回りになるだろう? それにこの辺りの獣の様子も知りたいじゃあないか」
深玖里が火剣山のルートを渋ると、賢人が優人に加勢した。
獣の様子のことをいわれると、深玖里も嫌とは言えない。
「翔太、アンタはどう思う?」
隣に座る翔太をみると、翔太はジッと深玖里を見つめていた。
「……なによ?」
「なによ……って……あ~~~……面影がはななのに……これが男だなんて……」
大きくため息を漏らす翔太に、深玖里は呆れて開いた口がふさがらなかった。
横っ面を引っぱたいてやりたい衝動を抑え、優人の広げた地図を叩く。
「もー! いつまで言ってるのよ? どっちだって構いやしないでしょ! それよりルート!」
「はぁ~……はいはい、ルートね。いいでしょ、優人のいうルートで」
「あっそう。だったらいいよ、そのルートで。で、その先は?」
優人がさらに指で辿りながら、榛原郡を抜けて佐野郡を通り、山名郡の袋井までいくと言った。
ちょうどその辺りで陽が落ちるだろうというのが、優人の見立てらしい。
「わかった。それじゃあ、優人がいうルートに決めよう」
「足が心配だったけれど……女の子じゃあないなら、このルートで問題ないと思ったんだ」
「ああ、そういうこと? 大丈夫。問題ないよ。アタシ、山育ちだし」
隣でまた翔太が大きなため息をつき、深玖里は横目で睨んだ。
「……深玖里、いい加減、引っぱたいても構わないと、俺は思うぞ?」
優人も呆れた表情で、そういった。
「それよりさ……縁、大丈夫かな?」
「縁は大丈夫だよ。アイツは強い」
賢人が優し気な顔でそういった。
「けどさ……アタシが無理やり賢人の協働を買って出たけど……駿人がいなくなっちゃったから、縁が賢人の協働でも……」
深玖里が言いかけなのに、優人は大声を出して笑った。
「駄目駄目。ケンと縁を協働だなんて、どこを巡ってもチンピラのカモだ」
「もっさいのと、ビビリじゃあなぁ……そりゃあ確かに、いいカモにしかならないよねぇ」
優人と翔太のセリフに、深玖里も吹きだしてしまった。
そういわれると、二人がチンピラに絡まれているところしか思い浮かばない。
深玖里たちが笑う中、賢人一人が憮然とした顔をしていた。