第20話 駿河国・別れ
翌朝、翔太は普段通りの様子だった。
明るく話し、朝食もすべて平らげ、これまでのように、いつも通り。
昨夜、縁は符術も剣術も、いつも以上に使ったせいでクタクタで、宿に戻るとすぐに眠ってしまったけれど、翔太は駿人や優人、賢人と遅くまで話をしていたようだ。
そう簡単に気持ちの整理などつくワケがないけれど、少しずつ自分の中で消化していくしかない。
翔太自身で気持ちに折り合いをつけたんだろう。
身支度を整え、旅支度をして宿を出た。
通りにはもうたくさんの人が往来していて、昨日の出来事が嘘のようだ。
それでも、歓楽街の辺りはまだ修繕作業が続いていて、夢じゃなかったんだとハッキリわかる。
街を出たところで、駿人が立ち止まった。
通りの向こうから駆けてくるのは深玖里だ。
「おーい! 待って待って!」
「深玖里ちゃん? どうしたの? こんなに早く」
「うん……アンタたち、これからどうするの?」
「ボ、ボクたちはこれから、少し遠回りに、お、櫻龍会の本部にい、行くよ」
「そっか……あのね、アタシ、賢人の協働になってやろうと思って」
走ってきて乱れた息を整え、大きく息をついた深玖里は、唐突にそういった。
駿人と優人が驚いて賢人を見ている。
「ちょ、ちょっと待って……でででも、みっ深玖里さん、櫻龍会じゃないよね?」
「一応、櫻龍会じゃあないと、俺たちみたいに協働には……」
「だから、入るって言ってんの。それで、どうしたらいいの?」
縁は思わず翔太と顔を見合わせた。
ちょうど木ノ内がまだこの街にいるから、手続きをしようと思えばすぐにできる。
ただ、いきなり賢人の協働というのはどうなんだろう?
縁は黙ったままでいる三人の顔をみた。
「おれは協働はつくらないって、言ってあったと思うんだけどな」
「聞いてるよ? けど、もうそんなこと言ってる場合じゃなくない? あんなのが出るってのに、出くわしたときに、今までのような結界も張らない戦いかたでいいと思う?」
「……それもそうか。ケン、今回みたいに俺たちが一緒とは限らないんだからな?」
「それを考えると、ケンに深玖里ちゃんがついてくれたら行動もしやすいだろう?」
あまりにももっともな深玖里の言い分に、優人も駿人も納得している。
賢人は困ったように苦笑いを浮かべて、頭を掻いた。
「けど……おれは女を協働にするつもりはない。正直、キミはいい子だと思うよ。符術も剣術も使えて、頼りにできると思う」
「だったら――!」
「でも駄目だ。キミが男だったら……おれのほうから協働になってほしいと頼んだかもしれないけれど……」
「女は駄目だけど、男だったら頼んででも? ホントに本気でそう思ってるの?」
「そうだ。だから、すまない……」
深玖里は黙ったまま、うつむいてしまった。
翔太が慰めるように、その背中を軽くポンポンと叩いた。
「櫻龍会、本気で入るなら、ちょうど本部の人がここに来ているから、手続きはすぐにできるよ。どうする?」
「うん……手続きする。翔太、頼んでくれる?」
翔太はすぐに木ノ内へと式を送った。
賢人が断ってしまったことで、駿人も優人も残念そうな表情だけれど、無理強いするつもりはないようだ。
深玖里はそのまま街を出て、通りの真ん中に立つと、こちらを振り返った。
「で? ここから今度はどこに行くの? アタシこっちのほうって、あまり来たことないんだよね」
屈託のない笑顔でサラッという。
たった今、断られたのを気にも留めていない様子に、賢人が困惑の表情をみせている。
「み、深玖里さん……一緒にく、くるの? でもけ賢人は――」
「なんで? 協働になってほしいって頼んだのは賢人でしょ?」
「だからそれは――」
言い返そうとした賢人の言葉をさえぎるように、深玖里は上着を脱いだ。
咄嗟のことで視線を外せずに、その体を見てしまった……けれど……、深玖里の体は女性特有の胸はなく、縁や翔太と同じだ。
「アタシ、自分を女だなんて、一度だって言った覚えはないけど?」
胸を張ってそう言い切った。
女の格好で女の言葉で、だから縁を含めて全員が深玖里を女だと思っていたけれど、確かに深玖里は、自分を女だとは言っていない。
唖然としている縁や賢人の隣で、駿人が大笑いし、翔太が嘆いた。
「なんだか妙な子だと思っていたら……そういうことか!」
「嘘……深玖里ちゃん、お……男だったなんて……そんな……お……俺の最後の女神が……男……」
一人で旅をしていく中で、女だと思われると良くしてもらえることが多いから、女装しておくようにと、一緒に旅をしていた親戚にそう言われていたそうだ。
脱いだ上着にまた袖を通し、身なりを整えた深玖里は、言われなければ男にはみえない。
賢人は自分で『男だったら頼んででも』といってしまった以上、引っ込みがつかなくなってしまっている。
「ケン、諦めろ。そういう時期だったんだよ」
「そうだな。深玖里ちゃんがケンの協働になってくれるというのなら、オレも安心だ」
「……なんで駿人が安心するんだよ」
賢人は恨めしそうに駿人をみた。
駿人は相変わらず笑ったままで「オレはここまでだからだ」といった。
その言葉に、縁は急に不安を覚えた。
「こ、こ、ここまでって……駿人、どどどういうこと?」
「あの黒狼の厭……相手はオレだったらしい。まあ、モリじゃあなくてよかったよ。いきなりモリが消えたら、紀江も驚くだろう?」
「そ、そ、それって……」
「アイツが牙に戻ったのを見ただろう? つまりは、そう言うことだ」
駿人たち四人は、櫻龍会初代、雪の獣奇だった白狼の迅が呪いだ。
それは聞いてはいたけれど、こんなふうに突然に別れがくるなんて、縁は思ってもいなかった。
「……縁、強くなれ。符術や剣術だけじゃあなく、心をも……」
駿人は縁の頭をグリグリと撫でる。
いつも通りの笑顔が、今の縁には受け入れがたい胸の痛みを連れてきた。
「自信を持て。縁なら必ずみんなの力になれる。足手まといだなんて思うな」
「はっ……駿人……」
「……縁、オレの本当の名前は『日』だ。駿人の名とともに、記憶に残してくれると嬉しい」
「に日……」
小さくうなずく駿人の姿が、だんだんと薄れていくようにみえるのは、縁の涙のせいだろうか?
駿人は優人と賢人に向き「あとを頼む」と言ったあと、翔太と深玖里をみた。
「二人とも、こいつらのこと、よろしく頼むな」
翔太と深玖里は駿人の真摯な眼差しに、言葉なくうなずく。
満足そうにほほ笑んだ駿人は、もう一度、優人と賢人をみた。
「モリには……先にいくと伝えてくれ」
「わかった」
優人と賢人は同時にそう言った。
直後、駿人の姿が掻き消え、そのあとにコロリと、一本の牙が残った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ここで一区切りがつきました。
まだまだ続きは長いですが、お付き合いいただけると嬉しいです。
次章からは、少し時間をおいて、4月半ばごろからの投稿になります。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。