第19話 駿河国・名残り
朝を迎え、府中の街には木ノ内を筆頭に、櫻龍会のメンバーが次々とやってきて、倒した獣や妖獣の処理と、壊した家屋や店の修復を手配してくれた。
近くの村や街にも、相当数の獣が出たようだけれど、そちらは大きな被害が出ることもなく、すべて倒しきったそうだ。
平塚からずっと、あとを追ってもらって本当に良かった。
黒狼の亡骸は、いつの間にか消えていて、そのあとには一本の大きな牙が残っていた。
「……そうか……こいつはもともと、兇の牙の呪いだからな……」
「ああ。それでも……こうなるとはな……」
駿人と優人は拾い上げた牙を手に、ヒソヒソとなにかを話し合ってから、牙を木ノ内に渡した。
櫻龍会に持ち帰り、統領の指示を仰ぐという。
昼には歓楽街の修繕を残すだけになり、人々は日常へと戻っていった。
蔓華の遺体は、翔太と深玖里の手で棺に納められ、櫻龍会の手配した馬車で、生まれた村へと戻るという。
縁たちも揃って見送りに出た。
「これから、どうする?」
商店街の蕎麦屋の店先に出た席で、遅い昼食を食べながら、優人が言った。
駿人も賢人も、難しい顔でしばらく考えたあと、同じことをいう。
「これまで同様、手分けをして残りを探しに出る、それしかないだろうな」
「モリのほうはなにも言ってこないけれど、畿内に獣が集まっているというのなら、次が出てくる日も近いだろう」
あんな黒狼がまだ三頭も残っている。
同じ強さとは限らないし、今回のように誰かが犠牲になるかもしれない……。
ゾッとして恐怖を感じる気持ちとは別に、どうあっても倒さなければいけないという、変な使命感にも駆られる。
「こんなところにいたんだ?」
不意に声をかけられて、顔を上げると、通りに深玖里が立っていた。
賢人は椅子を少し詰めると、深玖里に席をすすめた。
「夕べはいろいろと、助力してくれたんだってな。助かったよ」
「いや……アタシのほうこそ、縁には迷惑をかけちゃったし、みんなにも……」
縁の符術を邪魔したことだろう。
あのときは、仕方がなかったことだ。
謝るのなら、蔓華を助けられなかった縁たちのほうこそだ。
「ところで、内村翔太は?」
そう問われ、縁たちは視線を交わした。
「……深玖里ちゃん、翔太のこと、そんなに怒らないでやってくれないか?」
「翔太が蔓華を愛していたのは、本当だ。今わの際にそれを伝えられなかったのは、翔太は蔓華を迷わせたくなかったからだ」
駿人と優人はそう言ってから、うつむいたままの深玖里を見つめた。
「気持ちが通じ合っているのに、一緒にいることも叶わず、触れることも、会うことでさえも……」
「し……翔太はきききっと、未練を残さず、きれいに上がってほ、欲しかったんだと思うんだ」
ときに人は未練を強く残すあまり、魂をこの世にとどめてしまい、人に仇をなすことがある。
縁たちは、獣や妖獣を相手にしているけれど、そういった人の魂を相手にしている人たちもいる。
顔を上げた深玖里は、少し困ったような顔だ。
「うん……わかってる。それはね、わかったんだ。ただ、ちょっと話があってさ。で? アイツ、今どこにいるの?」
「……翔太は今、安倍川の土手にいるよ。ここから一番近いところだ」
「そっか。じゃあ、行ってみるよ。ありがとう」
手を振り、深玖里は安倍川のほうへ去っていった。
縁は二人が気になってしまい、あとを追ってみることにした。
「ボ、ボク……心配だから、ちょ、ちょっと様子をみてくる」
うなずく三人を残したまま、縁は深玖里を追いかけ、走りながら呪符を手に取った。
「幽・幻・視……封域……律令……云!」
自分自身を結界で包み、周囲からみえないように施して、深玖里のあとを追う。
不意に立ち止まった深玖里はカバンから式を出すと「浮蝶」と言ってそれを飛ばした。ゆらゆらと揺れる式を追いかけて歩きだした深玖里を、縁もまた追いかける。
やがて安倍川の土手に出た。
翔太は土手の斜面に腰をおろして流れる水面を見つめている。
「内村翔太」
深玖里の声に、翔太が振り返るのがわかる。
縁には結界が張ってあって、誰にも姿はみえないけれど、つい近くの木の陰に隠れた。
深玖里が翔太の隣に腰をおろした。
「……深玖里ちゃん、ごめんね……蔓華を助けられなくて……」
「ううん……あれは仕方ないよ……仕方なかったんだよ、きっと……」
「あのとき、なにも言えなかったのは――」
「うん、今ね、駿人たちに言われた。姉さんを思って、言わずにいたんでしょ?」
翔太は膝を抱えてうつむいたまま、黙ってしまった。
長い沈黙が続く。
先に言葉を発したのは、深玖里だった。
「姉さんを、大切に思ってくれてありがとう。愛してくれたこと、本当に――」
「俺、本当に愛していたんだ。蔓華を……いつか……身請けして……一緒になろうと……」
「……うん」
「あのときも、本当は愛しているって伝えたかった……! けど……万が一にも未練が残ってしまったら……」
「わかってるよ。姉さんもきっと、わかっていると思う。翔太の気持ち。アタシ、今日はそれをアンタに伝えたかったんだ」
堪えきれなくなったのか、翔太は人目をはばからず、号泣している。
ずっと我慢をしていたんだろう。
こんなにも激しく泣いている翔太を、縁は初めて見た。
深玖里はそんな翔太の背中を撫でてやりながらも、なにも言わない。
今はどんな言葉も、必要ないだろう。
ただ、静かに時間だけが流れていく。
どのくらい経っただろうか。
翔太はようやく落ち着いたのか、涙を拭って顔を上げた。
「深玖里ちゃん、蔓華の名前、教えてもらってもいいかな?」
「『はな』だよ」
「はな……そうか。なかなか時間が取れないけど、墓参りもしたいんだ。場所も教えてもらえるかな?」
「いいよ。そのときは、声かけてよ。案内するから、一緒に行こう」
「ありがとう……」
「ううん。それよりアンタたち、明日には発つの?」
「そうだね。一度、櫻龍会の本部に戻ると思うから」
「そっか……じゃあ、アタシはもう行くね」
深玖里は翔太の肩を軽くたたき、そのまま来た道を戻っていった。