第14話 城下・混戦
人が出て来られないとわかった途端、駿人の攻撃は大胆になった。
強い風が通りに巻き起こり、駆けめぐる野犬たちを斬りつけていく。
「嵐刃! 絶!」
駿人の技から起こる風を利用して、縁も刀で野犬に斬りつけた。
汗を拭う余裕もないほど、次々に現れる野犬に、縁は再度、広範囲の雷撃を見舞わした。
犬たちの断末魔に、また周辺の店から悲鳴が上がる。
「みみ店の中にいればあ、安全です! そのまま、そ、外にはでで出ないでくださいね!」
騒ぐ人々に声をかけ、縁は駿人を追って街なかへと向かう。
もう少し先にいくと、海津屋だ。
翔太はもう優人と合流したんだろうか?
姉が心配だと言っていた深玖里はどこにいるだろう?
これだけ獣たちの動きがあるのに、思うほどの騒動にならないのは、人がいないからか。
それに……。
縁の放った赤がついている妖獣はどこにいるんだろうか。
酒場の前で駿人が野犬を相手にしているその背後に、屋根の上から大きな茶褐色の狼が飛び降りてきた。
縁は握りしめた呪符を、狼目掛けて投げつけた。
「嵐牙・裂刃! 律令! 破邪!」
駿人を襲おうとしていた狼は、縁の雷撃を避けるように屋根へと飛んで逃げた。
撃たれたのは野犬たちだけだ。
「そんな程度の符術で我を倒せると思ったか」
駿人と二人、ハッと狼を見あげた。
狼の頭上に、赤い式符が浮いている。
「縁……アイツはオレが。縁はケンの様子をみてきてくれ。この先の十字路を右だ」
「で、でも……駿人は……」
「オレは縁がつけてくれた符術があるから大丈夫だ。ケンは一人だからな……様子をみてやってほしい」
そう言われてしまうと縁も断れず、うなずくと賢人のところへ向かった。
十字路を右に曲がってすぐに、通りの先で賢人が猿を相手にしているのがみえた。
走りながらカバンの呪符を出し、雷撃を繰り出す。
「賢人! さ、さがって!」
縁を振り返った賢人が、うなずいて飛び退いたと同時に符術を唱える。
「雷神・絶掌……令令・破邪!」
雷撃を受けて猿たちが叫ぶ。
倒れたところに、さらに追加の雷撃を繰り出し、賢人に駆け寄った。
「け、賢人、こここっちに妖獣は……」
「出た。こっちは猿だった」
「もももう倒したの?」
「まあな……それより駿人は?」
「む、向こうも……出た……今、駿人がひ、一人で対応してる」
賢人は猿たちの死骸をまたぎ、縁の隣まで来ると周囲を見回した。
妖獣を倒したからか、この付近にはもう、新たに獣が現れる気配はない。
「優人も気になるけど……まずは駿人の加勢にいこう」
「わ、わかった」
来た道を戻る途中、賢人がいう。
「人けがまるでないのは、どういうことだろう? 起きてはいるようなのに……」
「みっ、深玖里さんが家や店の戸口が、あか……開かないように、符術をか、かけてくれた」
「あの子が? そうか……」
十字路を曲がった瞬間、駿人の攻撃が飛んできたのがみえて、縁は慌てて身を屈めた。
通りの先にその姿はなく、見あげた屋根の上で狼と対峙していた。
「はっ……駿人!」
駿人はあちこちに傷を負っていて、頬にも血が伝っている。
縁がつけた風の防御もいつの間にか外れていた。
狼の妖獣が相手だと、防御の符術も効力が切れるのが早いんだろうか?
「嵐牙・裂刃……律令……破!」
隙を作ろうと縁が放った符術が狼の後ろ足を掠めた。
狼の目が縁を睨む。
「忌々しい符術師め……まずはおまえから引き裂いてくれようか!」
今にも飛びかかってきそうな勢いに、思わず刀の柄を握った。
ただ、上からの攻撃には慣れていない。
うまく刀術が繰り出せるだろうか?
「……おまえの相手はこっちだ」
縁が気づかないうちに、賢人は屋根に登っていて、狼の背後に立っていた。
正面に駿人、背後に賢人と、挟まれた狼は分が悪いと感じたのか、逃げようと屋根から飛び降りた。
二人がそれを放っておくはずもなく、すぐさままた狼の前後に立ちふさがる。
「逃げるつもりか? 往生際の悪いヤツだ」
「狼でありながら……逃げを打つとはな」
挑発的な言葉に、狼が低く唸り声を上げて威嚇している。
「……縁、ここはおれと駿人で十分だ。優人のほうがどうなっているか、確認してきてくれ」
「優人は賢人と反対の、十字路を左だ。オレたちもすぐにあとを追う」
「我を倒したかのような口ぶり……符術師ともども忌々しい!」
大きな唸り声をあげた狼が、賢人に飛びかかった。
賢人が槍を大きく後ろに引くと、三日月型の刃が歓楽街の灯りを映して鈍く光る。
「縁! 早くいけ!」
まったく心配がないワケじゃあない。
駿人は怪我を負っていたほどだから、あの狼の妖獣は強い。
それでも、賢人が加勢したことで状況は変わるはずだ。
縁はいわれた通り、優人のところへ走った。
十字路を曲がろうとしたとき、歓楽街の先から、これまでよりも大きな悲鳴が響いてきた。
なにかが起きたのは間違いないとして、どうするべきか考えて、まずは優人のところへ向かうことにした。
優人のほうが手が空きそうならば、それから悲鳴の原因を探ればいい。
十字路を左に曲がってどん詰まりまできた。
「……こ、これは……ゆゆ優人は……?」
大きな灰色の狼と、野犬の群れ、猿がすべて倒されて転がっている。
灰色の狼のそばには、縁の式符が落ちていて、その色と形で妖獣だったことがわかる。
周辺に優人の姿も翔太もみえない。
また、悲鳴が響いた。
それは屋内からの聞こえかたじゃあない。
どこかの店で、深玖里の符術が破られたんだろうか?
それで人が出てきてしまったのかもしれない。
走り続けで息が上がって苦しいけれど、今はそんな場合じゃあない。
縁は声の響くほうへと足を向けた。