第13話 城下・獣襲来
狩衣を着込んでいると、翔太も、優人や賢人も、動きが悪くなることを心配してくれるけれど、縁にとっては普段着と変わらない。
慣れているから、動きが鈍ることはないし、剣術も、この姿で稽古をするようにしている。
駿人はそれをわかってくれているから、縁がこの格好でいてもなにも言わない。
この辺りは平野部のおかげで、遠くまで見渡せる。
夜の闇の中に、チラチラと動いているのは、縁の式符だ。
集中して式を通してその周辺をみた。
「は、駿人……ご五十はいそうだ……そそそれに……猿もい、いる!」
「猿も……? 箱根でも猿がいたよな? ヤツらがつるむとは思わなかったな」
「うっ、うん。さ、猿も併せると……ひっ……百は、い……いるかも……」
縁のみえる範囲でそれだけいるということは、城下を囲うように近づいているなら、倍以上はいるだろう。
これまで、そんな数を相手にしたことはない。
経験のない状況に、声も手も震える。
「もっといる。けど……縁、怖がるな。ヤツらはそれを察する。それにこっちには、櫻龍会も控えているんだ」
「わ、わかった。みんながいるって、わ、忘れてた」
カバンの紐をつかむ手に力を籠めて、無理やり震えを止める。
それでもまだ震えそうになるのを止めようと、さらに力を込めた。
『家柄は立派なくせして――相変わらずガッカリなヤツだな』
安養寺の言葉が蘇る。
翔太のように言い返すことはできなかったけれど、腹が立たないワケじゃあない。
縁だって符術に関しては、ほかの誰かより歩みは遅くとも、確かに腕を上げている。
櫻龍会の多くのメンバーが、現状に満足して歩みを止めているあいだも、常に腕を上げる努力は怠っていない。
自信があるとは言い切れないけれど、安養寺にあんなことをいわれるほど、下じゃあないつもりだ。
人は怖い。
人の悪意や嫉妬は縁を駄目にする。
獣や妖獣はそれに比べれば、どうということはない。
ずっと、そう思ってやってきた。
「……来たな。縁、ヤツらの姿が見え始めたら、府中の街を広めに囲え」
すべての獣を囲えなくても、近隣の村や街に控えている櫻龍会の仲間が対応するだろうという。
「で、でも黒狼は――」
「ヤツはもう、この街に潜んでいる」
「どっ、どうしてわかるの?」
「さっき縁が放った式は、通りの奥に消えていった」
思わず通りを振り返った。
縁のみえる範囲には、式符はないけれど、ここから戻った先には歓楽街がある。
それに――。
「か……海津屋……海津屋もあ、ある。し、翔太……ぶっ無事だろうか?」
「翔太もしっかりしているヤツだ。大丈夫に決まっているだろ?」
「そ、そうだね……は、早く優人と合流できていればいい」
駆けてくる野犬の群れがハッキリ認識できたところで、縁は結界の呪符を放った。
「幽・玄・結……四方壁……律令……云!」
いつもなら、これだけの数がいると結界が破られたり、囲えない獣を出してしまうんじゃないかと、不安に押し潰されそうになるけれど、今日は平気だ。
囲えない獣がいても、周囲に仲間たちが控えている。
「は、駿人! 猿たちはボ、ボクが……ボクのじゅ呪符が使える! 駿人はや、野犬を!」
縁を振り返った駿人は、大きくうなずいてから野犬の群れを前に武器を掲げた。
持ち手の柄の部分が伸び、長い刀身が現れて鈍い光を放つ。
早くも飛びかかってくる野犬たちに、駿人は次々と斬りつけていった。
「雷神・絶掌……令令・破邪!」
縁も雷撃の符術を放つ。
箱根山で翔太と一緒に戦ったときのように、また子ザルもいるかもしれない。
あのときは、どうしようもなく、やりきれない思いに涙があふれてきたけれど、今は……。
(民家には子どももたくさんいる……その人たちを危険な目に遭わせるワケにはいかない)
立て続けにもう一度、雷撃を放ち、縁は刀を抜いた。
雷撃を逃れて街の奥へと抜けようとする猿の前に立ちふさがった。
「瞬刻! 烈!」
一先ず目の前の猿は倒した。
駿人のほうも、いつもの風撃の技で、野犬たちを次々に斬り伏せている。
結界内にいる数は把握できていないけれど、縁たちの目の前にいる獣はわずかで、上に浮いている式符の数も減っていた。
「……赤が戻ってこない」
今、倒した中に妖獣はいなかった。
赤が戻ってこないということは、最低で五体、妖獣がいるということになる。
駿人が群れの最後を倒しきったとき、背後の歓楽街から人の悲鳴がいくつも響いてきた。
「縁! この通りから抜けた獣はいなかった! きっとほかの通りを抜けたヤツがいるぞ!」
「かか歓楽街の人たちが、あ、危ない! 赤も戻ってこない、も、戻ろう!」
通りを駆け戻る縁の横を、駿人があっという間に抜き去っていく。
手にした呪符を、その背中目掛けて投げる。
「風盾・避患……律令・云!」
駆ける駿人の足もとからつむじ風が巻き、その身を守るように包んだ。
ああしておけば、一斉に襲われるようなことがあっても、駿人の身が守られる。
歓楽街の辺りまで戻ってくると、人の悲鳴が聞こえてくるのに、誰も通りに出てきていない。
細い路地のあちこちや商店街の通りから、野犬と猿が入り混じって飛び出してきた。
「はっ、駿人! まま街なかで駿人の技は危ない!」
駿人が振りかぶった後ろから声をあげ、縁は呪符を投げると雷撃を放った。
ギャーッと猿の断末魔が響き渡り、それを聞いた店の中の人たちが悲鳴を上げる。
「野次馬が出てこないな」
飛びかかろうとする野犬を斬り倒して、駿人が周囲に視線を巡らせた。
騒ぎに恐怖を感じているだろう声はするのに、どの店も戸が開けられることがない。
縁のすぐ横の店をみた。
「み、深玖里さんの呪符だ……」
歓楽街にも戸口に禁固の術を貼ったのか。
「は駿人! み、深玖里さんの符術だよ! や、野次馬はででてこれない」
「深玖里ちゃんの……? そりゃあありがたい」