第11話 城下・怪しい符術師
「へえ! 意外だな。若山深玖里が、蔓華の妹だったなんて」
木ノ内のところから戻ってきた優人と賢人と、夕飯を囲んで昼間の話をしていた。
優人はしきりにうなずきながら、そういうと、なにを思い出したのか、急に笑い出した。
「そういえば、翔太がずっと気にしていたんだよな。若山深玖里の顔が好みだってさ」
「そ、そうなんだ?」
「妹じゃあ似ていてもおかしくないからな。そりゃあ、好みだろうよ」
賢人まで珍しくうわさ話に乗ってきた。
それもそのはずで、長船山の熊を退治したとき、賢人は深玖里と一緒だったという。
賢人が請負所で依頼を請けたのとは別に、深玖里は長船山の主に頼まれてきたと言ったそうだ。
「やっぱり本当なのか……光葉山と長船山の主と懇意にしているらしいからな」
「ハヤ、そんな話まで聞きだしたのか?」
「だって気になるだろう? ちょっと変わっているっていうか……妙な雰囲気だし」
優人と賢人は、駿人がそういうのに首をかしげている。
二人とも、特に気にしていないようだ。
「は駿人は、最初から、み、深玖里さんを意識してるよね」
「まあ、用心しておいて損はないだろう?」
「で、でも、櫻龍会にデータのしょ照合頼むほどと、お、思えないんだけど」
「だって……なぁ? 妖獣と……しかも主と交流があるなんて、オレが知る限り、雪以来なかったんだから」
櫻龍会の初代である雪が天寿を全うしたときに、和国の最後の獣師がいなくなった。
多くの獣師は黒狼の兇と、その仲間によって倒されてしまったからだ。
ひっそりと身を隠していた獣師がいたとしても、跡取りが残っていたら、情報が入ってくるはずだ。
もしも深玖里がそんな獣師の血縁だとしたら、出身が武蔵国ならば、櫻龍会に情報が伝わらないはずがない。
登録員として賞金稼ぎをしているのなら、なおさらだ。
「符術や剣術の腕前はともかく、使い魔を持っているのも、ほかの符術師とは毛色が違うだろう?」
「けど、あの子は悪い子じゃあないと、おれは思う……」
駿人と優人に訴えるように、賢人が言った。
「ボ、ボクも……け賢人と同じだ。み、深玖里さんは、わわ悪い人じゃあない」
「そりゃあ、オレたちだって悪い子だとは言っていないよ。むしろいい子だと思う」
「ハヤのいう通り。けど、それとこれとは、別の話だ」
二人の言い分もわかるけれど、なにか納得できないでいる。
妖獣や使い魔の件は、確かに怪しいけれど、稼ぎたい理由もつまびらかにした深玖里を、どうしても警戒しきれない。
縁に対しても、気味悪がったり嫌がったりしないで対応してくれる。
それを嬉しく思うから、悪く思えないだけかもしれないけれど……。
箸をすすめ続けていくうちに、だんだんと食欲まで減退していくようだ。
「とにかく、あの子とは縁があるようだけれど、つかず離れず、深入りはしない。それで問題ないだろう?」
優人に問われ、確かに問題はない、と、縁も思った。
これが櫻龍会のメンバーだったら、きっと、とことん追求したんだろうけれど……。
ただ縁があったからというだけで、今はそこまで踏み込める状況ではない。
食事を済ませ、寝仕度を整えていると、翔太から式が届いた。
今夜は戻らない、とある。
「……帰らないっていっても、翔太のヤツ、蔓華には手が出せないらしいんだよ」
「え? そ、そうなの?」
「尊すぎて逆に手が出せないんだってさ」
優人が肩をすくめてそういうと、駿人も賢人も大笑いをしている。
いつも女の子には歯の浮くようなセリフを言い続けているのに、意外だ。
悪いとは思いつつも、縁もクスリと笑ってしまった。
「そうすると、今夜も……」
「まあ、なにもできないだろうな」
「で、でも、それでも一緒にいたいって思える人が、し、翔太にいるのは、ボ、ボクは少し嬉しい」
三人とも確かにそうだ、といって笑う。
「翔太、金孤を倒してからすぐに来たかったのを我慢していたし……今回は最低でも三日は滞在してやりたいな」
「ここを出たら、次にいつ寄れるかわからないしな……」
城下を離れてすぐに黒狼と出会うかわからない以上、すぐに寄れるとは言い難い。
駿河で待つといった黒狼を倒しても、すぐに次の黒狼が現れたら、それを追わなければならないし、先がまるでみえないからだろう。
「今夜はもう休もう。おれと優人は、明日もまた木ノ内さんに周辺の様子を聞きに行ってくる」
「わ、わかった。は、駿人、ボ、ボクたちはどうする?」
「そうだな……買いものは全部済ませたし……まあ、明日になってから考えよう……」
疲れがあるのか、駿人はあっという間に寝入ってしまった。
灯りを落として横になると、縁もすぐに眠りに落ちた。
どのくらい眠っていたのか――。
遠く響く遠吠えに、夢の中から引きずり出された。