第9話 駿河国・城下の街(三)
朝になり、縁が目を覚ましたときには、もう翔太の布団は上げられていて、姿もみえない。
駿人たちももう起きていて、賢人と優人は近くの村に待機している木ノ内に会いに行っているという。
「夕べは寝付けなかったんだろ? もう少し寝ていてもいいぞ。朝飯はちょっと遅くなるらしい」
「しゅ宿泊者が多いから……かな?」
「そうらしい」
寝ていてもいいと言われても、寝すぎると、また夜に眠れなくなる。
縁は起きて布団をあげ、着替えを済ませた。
「し、翔太は? もうで、出かけたの?」
「ああ。ずいぶん早くに迎えがあった」
迎えがあったということは、蔓華のほうも翔太を歓迎しているということか。
二人の気持ちが通っているなら、翔太は蔓華を身請けするんだろうか?
「どうだろうな? 翔太はそのつもりがありそうだけど」
「そ、それならちょ、ちょっと安心……ほ、ほかの子たちに対してと同じ対応だったら、が、がっかりした」
「確かにな。それより縁、オレたちはユウたちが出ているあいだに、ケンの買いものに行くぞ」
「け、賢人の?」
「ああ。ケンのヤツ、長船山の案件で薬の手持ちを切らしたらしい」
「わ、わかった」
駿人が賢人の荷物から足りないものをメモに取っているあいだに、朝食が運ばれてきた。
それを平らげて、昨日と同じように商店街へと繰り出した。
駿人がメモをみながら、次々と薬や衣類を買い込んでいく。
「あれ? りゅ、リュックまで買うの?」
たった今、買った荷物の中に、駿人も優人も持っているのと同じリュックがある。
確か賢人も同じリュックを持っているはずだ。
「熊の爪でやられて、駄目になったんだってさ。それでそのときに中身も失くしたらしい」
「だっ、だから着替えまでか、買ってるんだ?」
「そういうこと」
「さ、最初からか、買い直すのは大変だ」
「ホントだよな。荷物もほとんどなくて、ケンのヤツ、よく城下までたどり着いたよ」
そんなふうに言いながらも、駿人は買いものを楽しんでいるようにみえる。
気持ちはわかる。
縁も買いものは楽しい。
ついつい余計なものを買って、駿人や翔太に呆れられることもしばしばだ。
今も駿人が常備薬を買っているのを横目に、店頭に並んだのど飴に手を伸ばしていた。
ふと通りの先をみると、歓楽街のほうから深玖里がくるのがみえた。
怒ったような顔つきなのは、また昨日みたいに海津屋の女将と揉めたからだろうか?
見続けてしまったせいで、足もとに落としていた深玖里の視線が縁に向いた。
一瞬、驚いた表情をしたけれど、すぐに笑顔になって駆け寄ってくる。
「縁、久しぶり! どうしたの? こんなところで」
「み、深玖里さんこそ……あ、あれからす、すぐにここへ?」
「ううん。ひと稼ぎしてから来たんだけど……」
「縁、待たせて悪い……って、あれ? 深玖里ちゃんじゃないか。どうしたんだ? こんなところで」
「二人して同じコト聞くなんて……協働ってそんなところまで合わせるの?」
深玖里はそういってケラケラと笑っている。
さっきまでの表情が嘘のようだ。
「だってオレたちと別れてから、足立郡に行ったんだろう? てっきり東都方面から下総国や常陸国、上総国あたりに行ったと思っていたからさ」
「うっ、うん。ボ、ボクもそう思っていた」
「用があったのよね。ここに。だから来たんだけど……」
また急に深玖里の表情が沈んだ。
平林寺でもそうだったけれど、表情がクルクル変わるのは、感情表現が豊かで、なお且つ表に出やすいんだろう。
思いきってなにか事情があるのか聞こうとしたよりも早く、深玖里が口を開いた。
「なんかね……アタシ、甲斐国を通ってきたんだけどさ、依頼が全然出てないの」
思わず駿人と視線を交わした。
賢人も同じことを言っていた。
甲府でも身延でも請負所で依頼は出ていなかったと。
駿人は深玖里を誘って茶店の縁台に腰をおろした。
三人で和菓子とお茶を頼み、食べながら話すことにしたのは、腰を据えて話ができるからだ。
きっと駿人も、深玖里になにか事情がありそうなのを察したんだろう。
「アンタたち、櫻龍会で押さえてるの? 一般に開放できないような案件とか?」
「いや……そうじゃあないんだよ。オレたちは相模国から駿河に入ったんだけど……」
「はっ箱根で、く、熊を倒してから、駿河国では、な、なにも出なかったんだよ」
「そうなの? じゃあ、この辺りから離れないと稼げないってコト?」
「この近辺は……しばらくは難しいんじゃあないかな? それより、そんなに稼がなきゃあいけないのか? 無理せず今は休んだらどうなんだよ?」
「無理! 休んでる場合じゃあないのよ! だって……世の中なんだかんだで金ずくなのよ。だからアタシは稼がなきゃいけないの!」
深玖里は身を乗りだして駿人に詰め寄る。
駿人はそんな深玖里をマジマジと見つめた。
「前にも言ったけど、深玖里ちゃん、櫻龍会に入ればどう?」
「それって……やっぱり櫻龍会で押さえてる案件があるってこと?」
「そうじゃないよ。ただ、依頼書が出る前にわかることもある。なにより額も大きい」
深玖里はうつむいて黙ってしまった。
入るのを迷っているようでもあり、この先どこへ行くかを考えているようでもある。
縁はここで、思い切って聞いてみることにした。
「な、なにか事情があるの? かか稼がないと、い、いけない理由」
「……うん……あのね、実はアタシ……」
手にした団子に視線を落としたまま、深玖里は話をはじめた。