第7話 駿河国・城下の街(一)
城下へ着くまでなにもなかったおかげで、まだ早い時間だった。
宿を決めて翔太と別れると、縁は駿人と優人と一緒に商店街をみて回った。
不足した常備薬や、予備の札紙、保存用の食べものを買うためだ。
あれこれ選んで買ったものをカバンに詰める。
「あ~……カ、カバンがい、いっぱいになっちゃったよ……」
「オレたちも同じだ。それでもなけりゃあ困るんだし、まあしばらくは仕方ないさ」
駿人も優人も、縁と同じで担いだリュックがいっぱいになっている。
これも、場合によっては次の街に着く前に使いきることがあるから、油断ならない。
荷物を置いてくるといって宿へ戻った駿人と優人と別れ、縁はまだ買い忘れているものがないか、あちこちの店を訪ねて歩いた。
気づいたら街の外れで、いつの間にか歓楽街に紛れ込んでいた。
翔太が言っていたように、変な輩に絡まれるのは嫌だ。
踵を返して来た道を戻ろうとしたとき、どこかで揉めているような声が聞こえてきた。
「――んでよ! 話が違うじゃないか!」
「そんなことを言われてもねぇ……最近はものの値段も上がっているし、あれやこれやと費用がかさむんだよ」
「この前もそんなコト言ってたじゃん! あれからそんなに経ってないのに!」
「アンタのところは多いんだから、仕方ないんだよ。こっちだって一杯一杯なんだからねえ」
「うまいこと言って、騙そうってんじゃないよね?」
「馬鹿をお言いでないよ。騙す気ならとっくにそうしているってものよ」
板塀の陰に隠れたまま、そっと顔をのぞかせてみた。
揉めているのは年配の女性……恐らく女将と……深玖里だ。
(深玖里さんだ……こんなところでなにを揉めているんだろう?)
見あげると、二人がいるのは遊郭の敷地で、どうやら裏口のようだ。
まさか深玖里は、ここで働こうとしている……?
「もういい、わかった。取り急ぎ今回のぶん。残りはまた来る」
「毎度。下の二人は、早々に帰る手配をしておくよ」
「助かる。それじゃあ、今夜はよろしく頼むよ」
「はいよ。支度ができたら適当に上がっておくれ」
話が済んだのか、深玖里がこちらに歩いてきたので、縁は慌てて細い路地に隠れた。
今の内容だと、二人は顔見知りで、なにか取引をしているようだ。
深玖里は縁に気づくことなく、縁が来た方向へと去っていった。
「こ、ここで、は、働く……? し支度って、そそ……そういうこと……だよね?」
路地を出て、もう一度、建物に掲げられた屋号を眺めた。
――海津屋――
見覚えがある名前だけれど、思い出せない。
そのまま通りの先に視線を落としたとき、前からチンピラの集団が歩いてくるのがみえて、縁は慌てて商店街のほうへ駆け戻った。
薬問屋の前で縁を呼ぶ声が聞こえて立ち止まると、駿人と優人だ。
「なにしていたんだ? この先まで見て回ってたのか?」
「うっ、うん」
「向こうは歓楽街だろう? 危ないから一人では行かないようにしておけよ?」
「……ん、うん……い、い、今もチンピラが、あ、歩いていた」
「それで急いでいたのか」
駿人も優人も笑うけれど、縁にとっては笑いごとじゃあない。
それよりも、さっきの深玖里の様子が気になる。
まさか登録員じゃあ賞金が稼げなくて身売りを……?
「どうかしたのか?」
「ううん、な、なにもないよ」
二人に問われても答えられなかった。
新座で一緒に依頼をこなしたときも、お金が必要だということを言っていたけれど、身売りするほど困窮しているようにみえなかったのに。
深玖里のことは年齢と出身が武蔵国だということしか知らない。
縁にはわからない事情があるからだろうか?
そういえば、人を探しているとも言っていた気がする。
宿に戻るという二人と一緒に歩きながらも、縁は何回も海津屋のほうを振り返っていた。
何度目かのとき、こちらに向かってくる賢人に気づいた。
「ふ、二人とも、賢人がき、きたよ」
賢人のほうもこちらに気づき、手を振って駆け寄ってきた。
途中で何度も道行く人にぶつかっては、頭を下げて謝っている姿に、親近感しか湧かない。
「ケン、ずいぶんと早かったんじゃあないか?」
「ああ。甲斐国の長船山で熊を倒してから、山梨郡も八代郡もなにも出なかったからな」
「素通りしてきたのか?」
「途中、甲府や身延で請負所には寄ったけど……案件が出ていなかった」
「か、甲斐国もなにもで、出なかったんだ?」
賢人は黙ってうなずいた。
「富士の麓でも、特になにも。だから足止めされることもなく、すんなり駿河国まで来られた」
「そうか。こっちも同じだ。箱根を出てから、特になにも出ない」
「……ヤツの影響だろうか?」
賢人がそういうと、三人で顔を見合わせている。
緊張感が伝わってきて、縁まで背筋が伸びる思いだ。
「まあ、そう考えて正解だろうな……」
「駿河で待つ、っていったんだって?」
賢人が縁をみたとたん、駿人も優人も同じようにこちらを向く。
「うっ、うん。でっでも、すす駿河のどこでかは、い、いわなかった」
「妙だよな」
駿人がそう呟くと、賢人は街の入り口を睨むように見据えて答えた。
「ああ。けど、誰のだったとしても、おれたちはヤツを倒すだけだ」