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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
東家 縁 其の一
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第6話 駿河国・有度郡

 興津(おきつ)まで進めば、久能山(くのうざん)まではそう時間もかからない。

 ただ……興津の手前にある薩埵峠(さっととうげ)がしんどくて、どうにも足が進まなかった。


 普段だったら平気なのに……と思うと、(えにし)は少しへこむ。

 興津に入ったときは、もう夕暮れ時になっていた。


「今夜も早く寝て、明日は早めに出よう」


 宿の四人部屋で、座卓を囲んで予定をたてていた。

 最初に優人(ゆうと)が早めに出ようといい、駿人(はやと)が続ける。


有度山(うどさん)から入って、久能山を回る……そこから城下(じょうか)へ進もう」


「城下に入るのは陽が落ちてからになりそうだねぇ……まあ、俺はそのほうがいいけど」


「そのあいだに黒狼(こくろう)の接触がなければ、翔太(しょうた)蔓華(つるはな)に会いに行って構わないからな。な? ハヤ」


「ああ。オレたちは三人で別に宿をとって休むから」


「一応、どの宿に入ったのかは知っておきたいから、部屋取るまでは一緒にいるよ」


 優人と駿人に言われ、翔太は照れくさそうにうつむいて、にやけている。

 好きな人に会いに行くというのは、そんなに嬉しいことなのか。

 その夜は寝入りばなまで、さんざん翔太ののろけを聞かされながら、朝を迎えた。


 興津からは海沿いの平野(へいや)を進み、請負所(うけおいじょ)には寄らず、そのまま有度山に入る。

 シンとした山の中を、久能山まで歩いた。


「こうもなにも出ないと、逆に怖いんだけど」


「ほ、本当だ。鳥や小動物はいるけど……ふ、普段見かけるた、狸や狐もみない」


 構えているから余計になにもないのが不穏に感じる。

 神経だけがすり減っていくような感覚だ。

 縁は思い立って、式符(しきふ)を飛ばした。


「式? なんで?」


「い、一応……なにもいないの、ほ、本当かな……って」


 先へ進み、久能山を抜けるまでに、式符は全部戻ってきた。

 喜ぶべきはずなのに、ただ不安が増しただけだった。


 久能山の(ふもと)木ノ内(きのうち)から式が届いた。

 縁たちのあとを辿ってきている櫻龍会(おうりゅうかい)の面々も、未だなにも遭遇していないらしい。

 怪我人が引きあげて人数は減っているけれど、それでもなかなかの大所帯だ。


「後方に控えていてくれるのは、心強いもんだよな」


 翔太は明るくそういうけれど、心強いということは、縁ほどじゃあなくても不安を感じているんだろう。

 このままなにも起こらなければ、城下で襲撃される可能性も高くなる。

 大切な人がいる場所で、騒ぎが起きるかもしれないと思ったら、不安になるのも当然だ。


 だんだんとみんな口数が少なくなり、沈んだ雰囲気のまま結局城下へとはいった。

 城下には行商も旅人も多く立ち寄るからか、とにかく人が多い。


「来るたびに思うけど、ホントに人が多いなぁ。縁、変な輩も多そうだから、一人でうろつくなよ?」


「わ、わかってるよ……」


「ビクビクしてっから絡まれるんだぞ? アイツら、気の弱そうなヤツを狙ってくるんだから」


「うう……だ、だって……」


 人と接するのが苦手になったのは、櫻龍会に入ってからだ。

 家を出るまでは、比較的誰とでも話すことができていたけれど、櫻龍会に入ってから、縁の吃音(きつおん)をからかい、(あざけ)る人たちが多くいた。

 直そうと焦るほど、どんどん吃音は酷くなり、縁は少しずつ無口になっていった。


 よく話すのは、縁をからかったりしなかった、翔太や安養寺(あんようじ)たち同期くらいになった。

 ほかには、あとから入ってきた後輩たちの数人だっただろうか。


 決定的に人と交流するのが嫌になったのは、駿人と協働(きょうどう)になってからだ。

 それまで駿人たちの協働をしていた人たちが、高齢で全員、引退することになり、白羽の矢が立った中に、縁もいた。


 四人の協働になることを、櫻龍会の多くのメンバーが希望していた。

 行動の制限が少なくなり、あらゆる面で優遇され、報酬額も跳ね上がるから。

 もちろん、黒狼を追っている以上、危険にも晒されるわけだけれど、長いあいだ現れない黒狼のことは、誰もが気にもかけていなかった。


 これまで出なかったんだから、これからも出るはずがない。

 みんな、そう考えていた。

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 そう考えれば、みんながなりたいと思って当然だ。


 当時、縁はまだ十七歳だった。

 翔太も十五歳で、大人とは言えない年齢だ。

 上の櫻龍会メンバーが、良く思わなかったのもわかるけれど……。


 さんざん嫌味を言われ、小さな嫌がらせを多く受け、縁は人が(いや)になってしまった。

 本当に気を許した相手意外とは、ほとんど話さなくなったし、外へ出れば、他人が吃音をどう見ているのか気になって、ビクビクしてしまう。


 それが全部、挙動不審にみえるようで、旅に出るたびにチンピラたちに絡まれるようになった。

 いつでも駿人が庇ってくれたし、数年もすると少しずつ回避がうまくなり、絡まれることも減ったけれど……。


「縁にはオレがついているんだから、心配いらないよ」


 駿人が縁の頭をグリグリと撫でる。

 こんなふうに気にかけて甘く見てくれるのは、責任を感じているからだろう。

 申し訳なさが際立って、誰かに協働を代わってもらえたらいいのに、と思う。

 ほかのメンバーが協働だったら、もっとあちこちに行かれるだろうし、もしかするともっと早くに黒狼にたどり着けていたかもしれないから。


 本当は縁は旅回りに向いていないと感じている。

 櫻龍会の後方で、登和里(とわり)たちのように統領を支援するほうが、性に合っている。


 でも――。

 こうして駿人と妖獣や獣を倒して歩き、たくさんの人を助けていることで、自尊心が満たされているのは事実だ。

 認められなかったころの自分より、いい人間になれていく気がする。


(そんな気持ちで、こうして旅を続けて……ボクは歪んだ人間なのかもしれないな……)


 行き交う人波で立ち止まった縁を、先へ進んだ翔太たちが呼ぶ。

 縁は人にぶつからないよう、慎重に翔太たちのところへ駆けた。

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