第5話 駿河国・海岸沿いから富士川へ
縁たちは沼津からずっと海岸沿いを歩き、途中で何度か請負所で近隣の様子を聞いた。
どの請負所も答えは同じで、近ごろ急に獣が減ったという。
「箱根にいって少ないのか、オレたちを待って少ないのか……」
「どっちとも判断できないねぇ……」
苛立ち気味にいう駿人に、翔太が答える。
縁はなんとなく、待ち構えているような気がしていた。
仮に箱根で倒してきたんだとしても、だからといって黒狼が獣たちを集結させていないはずがないんだから。
「ボ、ボクは黒狼がしゅ、集結させてると思う。だから有度郡までは、さ……探りに入らなくていい」
「そうは言っても素通りするのはどうなんだよ?」
翔太が口を尖らせて反論してくるのは、きっと請負所で女の子たちと話せなくなるからだ。
「だって、あ、あとから櫻龍会のみんなも来てる。み、みんなきっと立ち寄るよ」
「そりゃあ、そうだろうけどさぁ~」
「翔太は受付の子たちを構いたいだけだろ? 有度郡はすぐだぞ。蔓華のことだけ考えてろよ」
優人に睨まれて、翔太はムッと頬を膨らませたけれど、反論しないのは、きっともう彼女のことを考えているからだろう。
縁はそんなふうに思える相手がいないから、翔太の気持ちがイマイチよくわからない。
それでも蔓華のことを話すときと、ほかの女の子を前にしたときとでは、態度や言葉の選びかたが違うのはわかる。
本命である蔓華を思う気持ちに対する、重みのようなものを感じるからだ。
だからいつでも、縁は翔太をたしなめるようにしている。
自分の気持ちに嘘をついたりごまかしたり、してほしくないから。
「今日はボクも、ち、力がでなくて興津までしか行かれないけど……あ、明日には会いにい、いけるよ」
「も~……いいよ、わかった。このまま請負所には寄らずに進もう」
拗ねてみせつつも、翔太の足取りは軽やかで、縁は駿人と優人と顔を見合わせ、含み笑いを漏らした。
こうしていると、これまでのような平穏な旅だ。
そう多くはない妖獣の案件をこなしながら、黒狼の情報を探っていただけの日々。
ここへきて突然、なんの情報も掴めていなかったのに、黒狼が現れたのはどうしてなんだろう?
なにか、うまくない変化でもあったんだろうか?
知らず知らずのうちに、情報を掴んでいた、とか?
これまでと違うことがあったとしたら、それは一体なんだろう?
――若山深玖里――
彼女と出会ったことだろうか?
縁たちだけが会ったならそんなに気にならなかった。
翔太も優人も、賢人までも出会っている。
新座郡で別れたあと、駿人は櫻龍会に深玖里の情報を照会していた。
深玖里から聞いた通りの情報に間違いはなかったけれど、駿人はなにか疑問を感じていたようだ。
『な、なにがそんなに気になったの?』
『ん……ちょっとな。なんか違和感があるんだよ』
『ふ、符術、少し変わっていた。も……もしかして、光葉のことを、な、なにか知ってるかも?』
『……どうかな? けど、統領が問題ないとして登録されているみたいだからな』
駿人は慎重だから、気になることは調べたくなるようだけれど、縁は、なんの疑問も違和感も感じなかった。
気になるとしたら、深玖里の符術……それに式神の使いかただけだ。
今どきは妖獣を使役している符術師を見かけるなんて、ほとんどない。
櫻龍会でも統領と上役に数人が扱うくらいだ。
それを、あんな小さな木彫りの人形にしているなんて。
縁たちがみたのは一体だったけれど、あのときの口ぶりだと、もっといるようだ。
『まあ、そんなに気にすることでもないんだろうけど……縁、あの子には少し気をつけておくほうがいい』
そんな話をした。
まさか深玖里と黒狼に関わりがあるとは思えないけれど、駿人がああ言った以上は、気に掛けたほうがいいのかもしれない。
深玖里とは、また会うような予感がする。
翔太もやけに気にしているふうだ。
「縁ぃー! なにやってんだよ、早くこいよ! もう富士川が目の前だぞ!」
考えごとをしながら歩いていたせいで、いつの間にかみんなから遅れていた。
慌てて小走りで追いかける。
「寄り道してたから想定より遅れたな」
「んん……でもさ、昼飯にはちょうどいい時間じゃん?」
「渡る前に食べるか? それとも渡ってからにするか?」
「人の流れをみて考えよう」
優人にいわれて、まずは四人で周辺の食事処をみた。
どこも混んでいて一杯だ。
そのおかげで渡る人は少ないようで、縁たちは先に富士川を渡ることにした。
対岸まで来ると、多くの人がちょうど食事を終えたようで、すんなりと昼ご飯にありつけた。
興津までは三時間ほどだけれど、途中にまた峠がある。
「峠の辺りは様子を聞いておいたほうがいいな」
「ああ。ヤツが待ち構えているかもしれない」
優人と駿人のあいだに、また緊張が走る。
黒狼は四人と関りがあるけれど、四人が揃ったときに現れる訳じゃあなさそうだ。
賢人はともかく、守人はまだ当分のあいだ、西にいるんだから。
対峙して駿人たちが黒狼を倒したらどうなるんだろう?
ないとは思うけれど、倒されてしまったら、そのときはどうなる?
「い、今はとにかく、お、お腹いっぱいにして力をつけよう。へ…ヘロヘロじゃあすぐやられちゃう」
「だな。優人も駿人も、さっさと食って興津に向かおうぜ」
不穏な予感を拭い去るように、四人で食事を平らげた。