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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
内村 翔太 其の一
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第20話 足柄下郡・熊案件完了と黒狼

 山の斜面を駆けあがり、木立の向こうに優人(ゆうと)駿人(はやと)を見つけた。

 二人とも無事だったことに、ホッとため息がもれる。


(えにし)翔太(しょうた)? そんなに慌ててどうした?」


 振り返った駿人の足もとに、熊が二頭倒れている。

 優人が屈んでなにかを確認しているようだ。


「いや……それより、なにかあったのか?」


「……こいつら、寄り添っていたんじゃあなくて、人を喰っていたんだ」


「え……ホントに?」


 立ちあがった優人が指さした熊の腹から、人の髪がのぞいている。

 きっと、この辺りの人じゃあないんだろう。

 二子山(ふたごやま)でも芦野湯(あしのゆ)でも、行方不明の人がでている噂はまったく聞いていない。

 箱根山周辺の人が突然いなくなったら、もっと騒ぎになっているはずだ。


「旅行者か賞金稼ぎかな」


「向こうに荷物が落ちていて食材も入っていたのに、見向きもしていなかった」


「人が襲われている案件が、近ごろ多すぎるな……本当になんだっていうんだ」


 優人と駿人のやり取りを黙ったまま聞いていた。

 きっとあの黒狼こくろうが熊や猪、猿たちを、そそのかしているに違いない。


「あのな、さっき木ノ内(きのうち)さんから連絡があった。熊案件、片付いたって。けど、大勢やられた」


 翔太は木ノ内からの式を、優人に渡した。

 駿人と二人で中身をみた瞬間、二人の顔が強張った。


「さっきまで、その黒狼……すぐそこにいたんだ……」


「見たのか! なぜすぐに(しら)せに来なかった!」


 優人に襟もとをつかまれて引き寄せられると、強い力で揺さぶられた。

 今にも殴りつけてくるような勢いに、思わず翔太は優人の手を力一杯振りほどいた。


「しょうがないだろ! 急だったんだよ! あっという間に消えちまうし……」


「ほ、本当にすぐ、い、いなくなったんだ、よ……し、報せにくる暇、も、なかった」


「縁、ヤツはなにか言い残したか?」


「う、うん……駿河国(するがのくに)、で、待つって、つた……伝えろっていった」


「――駿河国?」


「駿河のどこで待つって?」


「あ……そ、それがそこまでい、いわなかった」


 真顔のままの優人と駿人は顔を見合わせ、なにやらボソボソと話し込んでは一緒になって黙っている。

 会話の途中で、()()とか()()とか聞こえていたのは、なんのことだろう?

 翔太も縁も、急に変わった二人の態度についていけず、ただ黙って待っていた。


 ずっと昔から待っていた黒狼が現れたとなれば、穏やかでないだろうことはわかる。

 四人にしかわからないなにかで、賢人(けんと)守人(もりと)とも連絡を取っているんだろうか?

 十分ほど経ってから、ようやく二人は顔をあげた。


「まずは駿河国にいこう。ケンも甲斐国(かいのくに)から富士(ふじ)に沿ってくるそうだ」


「それはいいけどさ……結局、駿河国のどこで待っているのかわからないんだろ? どうすんだよ?」


「当初、行く予定だった有渡郡(うどぐん)に向かう」


 有渡郡には蔓華(つるはな)がいるというのに、そんなところに向かっていいのか?

 いや、でも待ち構えているんだとしたら、その途中で対峙するのかもしれない。


「……わかった。そうしよう」


 翔太が答えると、優人はすぐに地図を広げた。


「ハヤ、今からなら急げば伊豆国(いずのくに)三島(みしま)に宿がとれるな?」


「そうだな……あ、縁も翔太も、三島に着いたら呪符(じゅふ)を大量に作っておいてくれ」


「た、大量に? たた大量じゃあ、それなりに、に、日数かかるけど」


 大量と聞いて、縁が素っ頓狂な声を上げた。

 そりゃあそうだ。

 このあいだ、多めに呪符を作ったばかりなのに、また作れと言われるなんて、しかも大量にだって?


「ヤツのことだ、(けもの)妖獣(ようじゅう)を集めて待ち構えているに決まってる」


「途中で札が足りなくなったとき、俺もハヤも手が空いていなかったら、翔太と縁を守ることもできないだろ?」


 数が把握しきれないから、用心しておけと言う。

 相手は妖獣とはいえ狼なのに、そうまで警戒しないといけない相手なのか?

 昨日の大猪や今日の熊のほうが、強いような気がするけれど……。


 そう考えて、ハッと気づいた。

 縁も翔太も、ただあの黒狼と向き合っただけなのに、体の震えが止まらなかったことに。

 ヤツの強さを本能で感じ取っていたんだろうか。


「翔太、木ノ内さんにも三島で呪符を作ってから駿河国に入ると伝えておいてくれ。有渡郡に向かうってこともだぞ」


「わかったよ。櫻龍会(おうりゅうかい)のヤツらはどうする? 追ってもらうか? 先回りしてもらうか?」


「どっちも駄目だ。ここで負傷者が出ているんじゃ、一緒にいても足手まといになる」


 優人の言葉に駿人もうなずいている。


「そんなことないだろう? 平塚(ひらつか)二子山(ふたごやま)のときみたいに、獣の数がいるときは、頼りになるんだから」


 翔太が言い返すと、縁も翔太に同意してくれた。

 優人たちはしぶしぶ、翔太の言い分を聞き入れてくれて、櫻龍会にはつかず離れず、あとを追ってくれるよう頼むことになった。


 木ノ内へその旨を書きつけて、式を飛ばす。

 そういえば、安養寺(あんようじ)はどうしただろう?

 怪我を負った中に、ヤツがいなければいい……。

 嫌なヤツではあるけれど、できれば無事にいてほしい。


「翔太、早くこいよ! 山をおりるぞ!」


 優人に呼ばれて、翔太は釈然としない思いを抱えたまま、三人を追いかけた。

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