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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
内村 翔太 其の一
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第16話 足柄下郡・二子山の熊

 上二子山(かみふたごやま)に入った瞬間から異様な雰囲気に包まれた。

 明らかに翔太(しょうた)たちを敵視している気配を感じて、背筋が寒くなってくる。


下二子山(しもふたごやま)で仲間が倒されたのをわかっているのかねぇ?」


妖獣(ようじゅう)がいたからな。鳴き声を聞きとっているんだろ」


「け、気取られているのは……い、嫌だね」


 下二子では(えにし)が結界を張ってくれた代わりに、上二子は翔太が張る。

 櫻龍会(おうりゅうかい)のヤツらは鷹巣山(たかのすやま)小涌谷(こわくだに)から箱根山(はこねやま)に入るから、少し大きめに囲っても問題はないだろう。


視影探索(しえいたんさく)


 先に山頂付近を探る(しき)を飛ばした。

 縁がいっていたように、一枚だけ妖獣を探るための符術(ふじゅつ)を書き記してみたけれど……。

 いないからなのか、それとも符術がダメだったのか、妖獣のほうはなにもつかめない。


「熊は下二子と同じで三頭で群れているなぁ……家族、って感じじゃないから、単体で一緒にいるってところか」


「さっきのヤツらも同じだったな。三頭とも単体が群れているようだった」


 しばらく探索を続けても、三頭の熊以外は見当たらない。

 とはいえ、さっきの大猪(おおいのしし)のこともある。

 用心はしておいて損はない。


「悪いんだけどさ、一応、縁も式を飛ばしてみてくんない? 俺だけじゃ、ちょっと不安」


「わ、わかった」


 縁の放った式が木々のあいだを縫って離れていくのを見届けてから、四人で山の中へと入った。

 向かう先は、まずは翔太の確認した熊三頭だ。


 日が落ちる前に決着をつけたいけれど、山の夜は早い。

 この山には翔太の探った熊だけだったようで、縁の式はすべて戻ってきた。

 だんだんと薄暗くなっていく山の中を、急ぎ足で進んだ。


「――いた!」


 三頭とも木陰に隠れるようにして、こっちを見ている。

 きっと、この上二子山に翔太たちが入り込んだときから、気づいていたんだろう。

 嫌な気配のもとは、この熊たちに違いない。


「あいつら……まだただの獣……だよな?」


「そうだな。でも雰囲気は異様だ。翔太、縁、二人ともあまり近寄るなよ」


 優人(ゆうと)が言った直後、熊が一斉に突進してきた。

 その動きは素早い。

 優人と駿人(はやと)が同時に武器を構えて向かっていく隙に、呪符(じゅふ)を出して一頭目掛けて金縛りの符術を放った。


「縁もアイツに金縛り頼む!」


 さっき大猪に金縛りの符術を破られたばかりで不安を覚え、縁に追加を頼んだ。

 縁も結界を破られた不安が残ったままだったのか、すぐに金縛りの符術を放ってくれた。


 優人も駿人も一頭ずつ相手にしている。

 残りのこの一頭は、翔太と縁で倒したいけれど、さっきの大猪のせいで倒しきる自信がない。


「し……翔太、やろう。ボクたち、さ、さっきは駄目だったけど、ふ、二人ならや、やれる」


 ついさっき、あれだけ符術と剣術で消耗しているはずなのに、縁はまだ戦う気でいる。

 その熱意に翔太も嫌でも奮い立たされてしまう。


「わかった。やろう」


 今のところ、二人分の金縛りは効いている。

 カバンから呪符を出すときに、一瞬、品川(しながわ)古龍(こりゅう)からいただいた呪符を使おうか、と思った。

 触れた瞬間、これを使うのは今ではない、そう感じていつもの呪符を手にした。


風絶刃迅(ふうぜつじんじん)空破裂断(くうはれつだん)!」


 熊に向けて符術を放ち、続けて二枚の呪符を手に取ると、今度は優人と駿人に向けて放つ。


昇華明劍(しょうかめいけん)!」


 これは優人たち四人のために編み出した攻撃力を上げる符術だ。

 二人の背中に呪符が貼りついたのを見届けてから、改めて熊に向かう。


雷神(らいじん)絶掌(ぜつしょう)!」


 縁も呪符を放ち、翔太の符術であちこちに切り傷のできた熊に、大きな雷が落ちた。

 直後、縁は帯刀した刀を抜き、素早く熊の横をすり抜けた。


煌刃(こうじん)……(せん)!」


 大猪のときとは違い、殺気をまとった縁の刀は、一撃で熊の首を落とした。

 翔太だけでなく、櫻龍会(おうりゅうかい)の誰もが、(けもの)や妖獣と対峙するときは本気でいるけれど、今の縁は、これまで見たことがないくらい、本気だ。


 さっき安養寺(あんようじ)に言われたことが、頭に残っているんだろう。

 家を継ぐことができず、ろくに符術を教わることもできなかった翔太や縁にとっては、家柄云々といわれるのが一番(こた)える。

 安養寺自身も同じはずなのに、よくもあんなことが言えたものだ。


「縁、凄いじゃん」


「ありがと……う……で、でもボク……も、もう無理……」


 へなへなと腰を落とした縁は、刀を(さや)に収めることもしないまま座り込んだ。

 柄を握りしめた縁の指を、ゆっくりと外してから、翔太が鞘に収めてやった。


 低い熊の唸り声が響いたあと、少し離れた場所の木々が一斉に倒れた。

 優人と駿人の技だろう。

 台風がきたときのような強風が吹き抜けていく。


「二人も倒したみたいだな。もう日も落ちるし、このまま山をおりて芦野湯(あしのゆ)で宿をとろう」


「う、うん。今日はもう、す、すぐにでも寝たいよ」


 縁の腕を肩に回して立たせてやると、すぐに駿人が駆け寄ってきて、縁をおぶってくれた。

 本当に駿人は過保護だ。

 でも、これぐらいでないと、縁と旅を続けるのは難しいのかもしれない。

 なにしろ縁は、筋金入りのビビりなんだから。

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