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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
内村 翔太 其の一
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第15話 相模国・討伐完了

 轟音とともに大猪に雷が落ち、勢いで吹き飛ばされた(えにし)を後ろから抱きとめた。

 倒れた大猪はピクリとも動かない。


内村(うちむら)ぁ。いつも女の尻ばかり追いかけているから、こんな程度の妖獣(ようじゅう)も倒せないんだよ」


 聞き覚えのある声に振り返ると、思った通りの知った顔だ。


安養寺(あんようじ)……なんでここにいるんだよ」


「安養寺『()()』、だろ? 本部に泣きついて平塚(ひらつか)に呼んだのはそっちだろうが」


 平塚で狐の案件で呼ばれた中にコイツもいたのか。

 安養寺は翔太(しょうた)より四つ歳が上だ。

 櫻龍会(おうりゅうかい)に入ったのは、やっぱり同じ時期で、同期のくせに年上だからといって大きな顔をしている。

 なにかにつけて、翔太に突っかかってくるのもコイツだ。


「俺たちは別に泣きついてなんかいねーし! 大猪だって安養寺が一撃で倒せたのは、俺と縁が弱らせていたからだろ」


東家(とうや)、家柄は立派なくせして、駿人(はやと)がいないとこんな程度か? 相変わらずガッカリなヤツだな」


 翔太を侮蔑するような目つきでひと睨みしてから、今度は縁に嫌味をいう。

 安養寺は本当は、優人(ゆうと)たち四人の協働(きょうどう)になりたかったらしく、なれなかった腹いせに翔太たちを目の敵にしているようだ。

 翔太自身のことはともかく、縁にまで悪態をつかれるのは我慢ならない。


「こんなところまで、そんなことを言うためにわざわざ来るなんて、ご苦労なことだな!」


「なんだよ? 本当のことだろ? 女好きとビビりは優人と駿人に置いてきぼりか?」


「いちいち嫌味なヤツだな? 嫌味をいい続けないと死ぬのか? 二人は今、熊を追ってる最中なんだよ!」


 クッと含み笑いを漏らした安養寺は「やっぱり置いていかれてるんじゃねぇか」とつぶやいた。

 頭にくる野郎だ。


「熊案件で来てるんだろ? 俺たちは二子山(ふたごやま)周りで箱根山(はこねやま)に向かってんだよ。ほかのヤツらは鷹巣山(たかのすやま)から北に行くはずだ。なんで安養寺はこっちに来た?」


 いつの間に戻っていたのか、安養寺の後ろに|優人が立っている。

 たぶん、今のやり取りを全部聞いていたんだろう。

 優人の表情は厳しい。


 安養寺は特になにを答えるでもなく、振り返りもせずに優人に向かって手を振ると、鷹巣山のほうへ歩きだした。

 翔太の同期の中で安養寺は一番の年上だったこともあり、子どものころは符術(ふじゅつ)剣術(けんじゅつ)も同期のトップだったけれど、大人になっていくうちに、だんだんと腕前に差がなくなっていった。


 抜かれたくないと思っているだろう安養寺の気持ちはよくわかる。

 翔太自身も同じで、櫻龍会の中ではトップクラスにいたい。


「安養寺! とりあえず……まあ、ありがとうな」


「安養寺『()()』だろ」


 安養寺は翔太を振り返り、嫌味な笑顔を向けて山をおりていった。


「妖獣が出たのか?」


「ああ。優人たちのほうは?」


「こっちはただの熊だったけど、三頭いたよ」


「そうか。援護、行けなくてごめんな」


 翔太と優人で縁に肩を貸してやり、下二子山(しもふたごやま)から今度は上二子山(かみふたごやま)を目指した。

 縁に怪我はないけれど、疲れているからか、腰砕けになっていて歩きにくい。


「ハヤがいたから、援護がなくてもなんとかなったよ。結界が急に破れたから、あとをハヤに任せて、こっちにきてみたんだ」


「来てくれて助かったよ。安養寺が出てくるしさ。まあ、助けられたってことにはなるけどな」


「ボ、ボクも、安養寺さんがきてくれて、よ、良かった……なかなかた、倒れないし……どうなるかと思って、こ、怖かった」


 縁の震えが伝わってきて、翔太と優人は苦笑した。


「縁が頑張ったから、安養寺も一撃で倒せたんだよ。ありがとうな」


「ううん……も、もっと強い呪符(じゅふ)と符術……そ、それに剣術も、もっともっとき、鍛えないと駄目だ」


 こうして先のことを考えられる縁は、やっぱり強いと思う。

 ビビっている割に、積極的で前向きだ。


「俺も武器、持ち替えようかなぁ。短剣じゃあ大物相手だと辛いわ」


「普段は翔太も縁も、俺とハヤがいるんだから困らないだろ?」


「そりゃあ、普段はな。けど、今日みたいなことが、またあるかもしれないじゃんか」


 下二子と上二子の境の辺りで駿人の姿を見つけた。

 翔太と優人に支えられた縁をみて、顔色を変えている。


「どうした? なにがあった?」


「猪が四頭出たってさ。ほかに大猪の妖獣も出ていたって」


 慌てて駆け寄ってきた駿人に、優人が答えると、駿人は両手で縁の頬を包み、怪我はないか、具合はどうだ、と心配している。


――過保護め。


 でも、ちょっとだけ羨ましい。

 肩に回した手をほどいて「もう大丈夫だから」と山を登り始める縁と、隣に並んだ駿人をみながら優人の肩に手を置いた。


「優人もあのくらい、俺のコト心配してくれてもいいんだよ?」


「いいんだよ。翔太と俺は、このままで。ハヤは縁の兄貴にでもなったつもりでいるんだよ」


 優人も女の子たちも、翔太がこんなにも『好き』を表に出しているというのに、サラッとかわしてくれる。

 まったく、みんなつれないんだから。

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