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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
内村 翔太 其の一
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第14話 相模国・大猪の妖獣

 異様な気配が漂ってきて、翔太(しょうた)(えにし)は振り返った。

 さっきとは比べものにならない大きさで、枝の折れる音が響く。


「縁……ヤバいのが出てくるぞ……立てるか?」


「だ、大丈夫……翔太は自分のやるべきこ、ことだけか、考えて」


 肩に回した手を引いた縁はカバンから左手で呪符(じゅふ)を出し、右手は腰もとに下げた刀の柄を握った。 

 翔太も短刀を背中に回して腰に差し、呪符を握った。

 木々と茂みの向こうから姿を現したのは、たった今、倒した猪の倍はありそうな大猪だ。


「我の仲間を倒したのはおのれらか?」


 地響きみたいなしゃがれた声で大猪が喋った。

 ゴクリと唾をのむ音が耳もとで聞こえるのは、翔太自身のものか縁のものか。


 大猪の頭上に縁の赤い式が漂っていた。

 そういえば最初に放った式の、赤が戻ってきたのをみていないと、今さら気づく。


 まだ妖獣(ようじゅう)になってそう年月は経っていないだろう。

 古い妖獣ならば、誰かが名付け、噂にものぼるはずなのに、この箱根近辺で名の通った猪の妖獣はいない。


「人間風情が……我ら妖獣をいつまでも見下しよる……」


 大猪の背中の毛が逆立って見えるのは怒りからなのか?


「人を見下しているのは、おまえら妖獣のほうだろうが。おまえらが人を襲うから……」


「そもそも誰が、人間を襲ってはならない、などと決めた?」


「……なに?」


「なぜ人間だけが優遇されねばならぬ? 人間どもの身勝手な決まりごとに、我らが従ってやる義理はなかろう!」


 大きく掻いた前足で踏み込んだ大猪は、翔太と縁に向かって一気に間合いを詰めてきた。


(せん)!」


 大猪が動くのをわかっていたのか、縁が抜きざまに踏み込んで横流しに斬りつけつつ、大猪の突進をかわした。

 縁の脇を通りすぎた猪は、後ろの大木に激突している。

 ミシミシと幹が裂ける音がした。


 大猪の言葉が翔太の中にやけに残っている。


『なぜ人間だけが優遇されねばならぬ?』


 どこかで聞いたようなセリフだ。

 この妖獣は、どこからそんな考えに行きついたんだろう?

 まだ名もないようなヤツが、そんなことを考えるまでには至らないだろう。


 どこでそんな仰々(ぎょうぎょう)しい物言いを覚えたんだ?

 まさか、誰かにそそのかされている……?


嵐牙(らんが)裂刃(れつじん)……律令(りつりょう)……(うん)……()!」


 縁が符術(ふじゅつ)を唱えたのを聞き、翔太は我に返った。

 握りしめたままの呪符を、翔太も符術で放つ。


包縛剛蔓(ほうばくごうつる)闇滅焔裁(あんめつえんさい)!」


 縁の風の剣技(けんぎ)は分厚い皮に遮られたのか掠り傷を負わせた程度だった。

 翔太はすかさず大猪の近くに伸びた蔓で、その体を巻き取り、炎の攻撃を喰らわせた。

 そのまますぐに水の攻撃を繰り出す。


噴湧水翔(ふんゆうすいしょう)流轟砕破(りゅうごうさいは)!」


 呪符から溢れる水は炎を消し、同時に大猪の体を切り裂いた。

 縁はそれに合わせて傷の上をなぞるようにして、刀でさらに大猪の皮を深くえぐった。

 立て続けの攻撃に参ったのか、大猪の叫び声が木々に木霊する。


「――おのれ人間め! よくも……よくも……」


 前足を大きく掻き、大猪の目が翔太を睨んでいる。

 これだけ攻撃しているのに、まだ抗ってくるとは、さすが妖獣だ。


「縁……まだイケるか?」


「う、うん」


 翔太が呪符を手にしたのと同時に、大猪が猛進してきた。

 横っ飛びに避けた先には縁が刀を構えている。


煌刃(こうじん)(せん)!」


 腰もとから真っ直ぐに伸びた縁の手から、刀身が光の線を描くように走った。

 縁のすぐ手前で大猪の足が切り裂かれて倒れ、離れるように後ろへ飛び退きながら、今度は符術を唱えて呪符を放つ。


雷神(らいじん)絶掌(ぜつしょう)……律令(りつりょう)(ぜん)(りょう)!」


 大きな(いかづち)が大猪に落ちた。

 さすがに今度は倒しただろう、そう思ったのに大猪はまた立ちあがった。

 フーフーと鼻息荒く、全身の毛を逆立てている。


「……嘘だろ……まだ立ちあがるのか」


 大猪の執念に翔太はゾッと背筋を震わせた。

 あと、どれだけ符術を放ったら、絶命させられるのか。

 立て続けの攻撃に、縁は肩で息をしている。

 いったん体制を立て直そうと、金縛りの符術を放った。


金縛封陣(きんばくふうじん)! 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 大猪の気が強すぎるのか、呪符は大猪の額に貼りついたものの、すぐに破け散ってしまった。


「マジか――! ヤバい!」


 大猪は縁に向かって大きく(いなな)き、勢いをつけて駆けだした。


「――縁!」


 腰に差した短剣に手をかけ、翔太は縁のもとへ走る。

 ただ……。

 大猪はもう縁の目前で、どう考えても間に合いようがない。


(しん)(しん)(らい)(ごう)……」


 翔太の背後から符術が唱えられた。

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