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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
内村 翔太 其の一
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第13話 相模国・下二子山

 猿滑坂(さるすべりざか)を前にして、(えにし)は急に覇気をなくしたように大人しくなった。

 まあ、なかなかの坂だ。

 普段なら、こんな場所から山に入ろうなど到底考えもしない。


「ここを選んだのは、もし山に入ってすぐ熊に遭遇しても、ヤツらも簡単に逃げられないと思ったからだよ」


 翔太(しょうた)がそういうと、三人とも納得した顔をみせたけれど、登っている最中はみんな無口だった。

 それに、さすがの縁も、こんな山の中ではいつもの狩衣(かりぎぬ)にはならない。

 あんな格好じゃあ動き回ることもできないだろう。


 平地ならあれでもいいし、山犬や狐みたいに大きくない(けもの)なら、符術(ふじゅつ)だけ任せていればいいけれど、熊が相手なら縁の剣術は必須だ。

 できる限り動きやすい格好で対応してもらいたかった。


「じゃあ、さ、探りを入れるよ」


 縁の手もとから数枚の式が放たれた。

 一枚だけ赤が混じっている。


「いるかな? 妖獣(ようじゅう)……」


「ど、どうかな?」


 優人(ゆうと)駿人(はやと)は早々に式を追っていく。

 翔太たちには感じられないけれど、二人はきっと獣の気配を感じ取っているんだろう。

 縁が懐から呪符(じゅふ)を出し、翔太に向いた。


「ボ、ボクが下二子(しもふたご)のほうを張るから、し、翔太は上二子(かみふたご)で張ってくれる?」


「わかった」


(ゆう)(げん)(けつ)……四方壁(しほうへき)……律令(りつりょう)……(うん)!」


 縁が投げた呪符が四方へ飛び、森の中の空気が変わった。

 優人たちのあとを追い、先を進んだ。


 木立の中に鳥の(さえず)りが響いてくるのは、辺りが静かだからか。

 パキパキと小枝の折れる音が、やけに耳につく。

 思わず縁と顔を見合わせた。


「け、結界……張ったのに……まさかもう破られた……?」


「いや、さすがにそれはないだろ? 内に誰か残っていたのかもしれないな」


「り……猟師さん……かな? あの二人が薙刀のわ、技を出したら危険かも」


「見にいこう。こっちを獣と勘違いされて撃たれたらマズいしな」


 うなずいた縁を背に、翔太は音のするほうへと進んだ。

 木々の隙間のすっと向こうに真っ黒な影が見え、それが音の(ぬし)だとわかる。


「人……じゃあないな……」


「でっ……でも熊……じゃな……い、猪だ!」


 声を潜めてつぶやいた縁は翔太のシャツを引っ張った。

 翔太は足をとめ、手早くカバンから人型の呪符を五枚出すと符術を唱える。


視影探索(しえいたんさく)


 呪符を投げて猪の周辺を探った。

 押し黙ったまま様子をみていると、一枚は視線の先にある猪の頭上に、残りの三枚はそこから少し離れた辺りに浮いたまま、最後の一枚は翔太の手もとに戻ってきた。


「四頭だな。優人と駿人はどこまでいったんだろう?」


「わ、わからない……それにもう、く、熊と遭遇しているかも……」


 確かにそうだ。

 もしも二人が熊と対峙しているのなら、翔太と縁がそれを邪魔するワケにはいかないじゃあないか。


「俺たちで倒すしかない……四頭、どれもまだ獣だし、符術でイケるだろ」


「ふっ……二人でよ、四頭も?」


「四頭しか、だよ。だってここいらの話じゃ、猪も熊も群れてるってんだからさ」


「う……っ、うん、群れだとしたら四頭は確かにす、少ないか、かも」


 翔太の背中でシャツを握る縁の震えが伝わってくる。

 縁の符術だけでなく剣術もあれば、猪程度なら楽勝なはずなのに、ビビり倒している姿に翔太はため息を漏らした。


「一人二頭、ただの獣、こっからみえるヤツもそう大きくないだろ?」


「うっ、うん」


「符術なら、一撃だ。だろ?」


 呪符を手にして掲げてみせると、縁もカバンを開いて呪符を出した。

 うなずき合い、猪たちに気づかれないよう呪符を放った。


風絶刃迅(ふうぜつじんじん)空破裂断(くうはれつだん)!」


嵐牙(らんが)裂刃(れつじん)……律令(りつりょう)……(うん)……()!」


 翔太と縁の呪符は真っ直ぐ猪たちに向かい、それぞれに張り付くと風の刃が巻き上がった。

 ギーッと甲高い猪たちの叫びが辺り一帯に響き渡り、周辺の木々から鳥たちが一斉に飛び立っていく。

 式がまだ漂っているのは獣たちの息があるからだろうか?


「縁、念のためもう一撃放つぞ」


 続けざまに呪符を取り出して翔太も縁も雷撃(らいげき)を放った。

 やっぱり息のある猪がいたようで、ギッと短い鳴き声を上げて静かになり、式も獣の気配を感じなくなったからか、翔太のもとへ戻ってきた。

 腰を屈めたまま、ゆっくりと最初にみえた猪に近づいてみる。


「お、思ったより大きい……ね」


「ホントだな」


 短刀を抜き、その先端で倒れた猪を突くと、どうやら死んだようでまったく動かない。

 喉笛の辺りに風の攻撃が届いたようで、パックリ割れていた。


「し……翔太……あ、あれ……」


 傷跡をみた縁が裂け目を指さした。

 まるで翔太たちを指すように、傷口から指が覗いている。


「喰われてるって……ほ、ホントだったん……だ」


 つぶやいた縁は両手で口を覆った。


「縁、吐くなよ」


 うずくまって吐き気を我慢している縁の背中をさすってやりながら、翔太は請負所へ式を送った。


風弧送達(ふうこそうたつ)


 式が狐の姿に変わって駆けていく。

 それを見送ってから縁の腕を翔太の肩に回した。


「行こう。優人と駿人が心配だ」


「う、うん……翔太、ごめん……あ、ありがとう」


 立ちあがって歩き出そうとした瞬間、パキッと空気が裂けるような音がして、結界が破られたのがわかった。

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