第12話 相模国・畑宿
大あくびに体を延ばし、翔太は朝ご飯を平らげた。
今日はいよいよ箱根山に向かう。
宿を出てまずは須雲川沿いに進み、途中から東海道に入った。
畑宿の曲がりくねった道を登る。
「あー、もうホントここ嫌い……しんどい……」
杉並木が日差しを遮って暑さは感じないけれど、とにかく坂が辛い。
つい、愚痴が口をつく。
「翔太、うるさいぞ。少しは縁を見習えって。縁よりも体力ないんじゃないか?」
優人はすぐに翔太と縁を比べる。
発奮させるつもりなのか、しっかりしろ、もっと考えろ、真面目にやれ、って。
翔太はいつだって真面目だっていうのに。
縁が悪いワケじゃないとわかっていても、ムッとしてしまう。
「し、翔太はいつも頑張ってるよ……ボ、ボクなんかよりずっとが、頑張ってるのは、わかっているから」
「縁はいつも翔太を褒めるんだよな」
駿人がそういって縁の頭をワシワシと撫でる。
「いっ、いつも見習っているのは、ボ、ボクのほうだから」
褒められるのが得意じゃない縁は照れてうつむきながら、嬉しいことを言ってくれる。
思わず後ろから縁に飛びつくと、ギュッと抱きしめて頭を撫でまわした。
「縁ぃ~! 俺のコトわかってくれるのは縁だけだよ~!」
「いっ、痛いよ……し、翔太とは、立場が似てるから……で、でも、さ……」
「……? でも?」
「おっ……女の子に、のべつ幕なしに、こ、声をかけて回るのは……ど、どうかと思う」
うっ、と言葉に詰まった。
この件に関してだけは、ほかのヤツらは冷ややかな目を向けてくるだけなのに、縁はしつこくやめろという。
わかってはいるけれど、誰かに注目され必要とされていないと不安になる。
誰かの世話を焼くためだけに、その他大勢に埋もれて意味もなく流されるように暮らすのは、もうたくさんだ。
幸いなことに容姿には恵まれた。
このことだけは、両親に感謝をしている。
明るく振るまっていたら、慕ってくれる子たちも増えた。
もっとも、単に内村の家柄に興味を持っているだけの子も多いけれど。
それでも誰かに必要とされているという承認欲求は満たされる。
「そんなふうにしなくても、翔太は櫻龍会にとってもオレたちにとっても、いないと困る存在なんだぞ。なあ、ユウ?」
「まあな。俺は特に、翔太には助けられているんだし」
優人や駿人もそう思ってくれているのは十分にわかっているけれど、わかってなお、まだ足りないと思ってしまう翔太は、自分でも情けなく思うほど歪んでいると思う。
本当に認めてほしい相手は一人だし、愛してほしい相手も一人だ。
なかなか手に届かないから、ついほかに頼ってしまう。
「……ずっとこのままでいるつもりは、ないよ」
そういってみるものの、実際、女の子たちはみんな可愛いし、奇麗な人も好きだ。
だいたいの男はそう思っているだろう。
この三人……いや、賢人と守人も違うようだけれど。
「も、もうすぐ茶屋があるよ。そこで、さ、先の道を決めようよ」
縁が指さす杉並木の向こうに茶屋の屋根が小さくみえる。
休めるのはありがたい。
せっせと坂を登り、暖簾をくぐった。
「いらっしゃい」
少し腰の曲がったおばあさんに迎えられ、翔太たちは天気もいいから店の外にある席についた。
団子とお茶を頼み、ついでに茶屋の老夫婦に畑宿あたりの状況を聞いてみる。
やっぱり熊は増えているという。
「まだこの辺りは静かですけどねぇ、二子山にはもう数頭出てきているようですよ」
「そうなんですよ。けど、箱根山でやられちまった猟師さんがいるもんだから……」
湯本の宿で聞いたのと同じ話だった。
この足柄下郡では名の通った猟師が犠牲になったそうで、近辺の猟師たちの腰が完全に引けてしまっていると。
そのせいか、猪も増え始めたそうだ。
「猪も熊も、畑を荒らすらしくてねぇ……幸いまだ人と出くわすことは少ないみたいですけど」
それももう、時間の問題だろうと言って、老夫婦は奥へと引っ込んだ。
「二子山なんて、すぐそこじゃん……」
「そうだな。箱根山へは二子山を回り込んでいくつもりだったけど、ルートを変えるか?」
優人の問いかけにすぐには答えず、翔太は請負所で貰った地図を広げた。
街道は二子山に沿って元箱根へと続いているけれど……。
「もう少し先の猿滑坂から二子山に入ろう。そのまま抜けて、芦野湯から箱根山に入ればいいと思う。どう?」
ルートを指で辿ってみせると、優人も駿人もうなずいてみせた。
縁はせっせと式になにかを書き込み、それを飛ばしている。
「と、登和里さんにボ、ボクらのルートを報せておくよ。ほっ、ほかの櫻龍会の人たちには、別ルートから二子山と箱根山には、入ってもらえばい……いい」
「縁、頭いいな!」
「確かに、それならオレたちが遭遇しなかったヤツらに対応してもらえるな」
照れて団子にかぶりつく縁と一緒に、翔太も急いで団子に食いついた。