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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
内村 翔太 其の一
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第9話 相模国・平塚の狐

 優人(ゆうと)駿人(はやと)が追い込みをかけて集まった狐は相当な数だけれど、どれもただの狐のようだ。

 (えにし)は川沿いから、翔太(しょうた)は対角線上の平地に構え、すべてが囲いのうちに入ったことを確認して結界を張った。


封禁獣域(ふうきんじゅういき)……急急如律令きゅうきゅうにょにつりょう!」


 翔太の結界の外側を囲うように縁の結界が張られている。

 ただの狐なら破られることはない。


 もう何年も前に、翔太も縁も結界を立て続けに破られたことがあった。

 そのときは自分の符術(ふじゅつ)に対する自信が、本当に音を立てて崩れた。

 櫻龍会(おうりゅうかい)のみんなは大げさだと笑ったけれど、自分が存在する意味を失った気になるほどに。


 その後、統領補佐の(とまり)に符術を鍛え直してもらってからは、翔太自身でも常に鍛錬を続け、今のところは結界を破られるような事態には陥ることがなくなった。

 それでもやっぱり、妖獣(ようじゅう)を相手にするときは、油断しないように気をつけている。


包縛剛蔓(ほうばくごうつる)闇滅焔裁(あんめつえんさい)!」


 優人から逃げるように駆けている狐の群れに呪符(じゅふ)を投げて符術を唱える。

 仕掛けておいた呪符が反応して、畑から伸びた蔓が狐たちを巻き取っていき、一気に燃え上がった。

 狐たちの断末魔に、思わず耳をふさいで目を背けた。


 数が多いと胸の内に嫌な感情があふれる。

 いくら人に害なすとはいえ、倒すときに抵抗がまったくないワケではない。

 殺さずに済む方法があれば、その道を選びたいとは思うけれど……。


「けどな、人を襲うようになったら……やっぱり駄目なんだよ……」


 近ごろは特に、こんな依頼が多い気がする。

 群れて人を襲う。

 野犬のときもそうだったけれど、この狐たちにしても、どうして急に群れて暴れるのか。


 風の吹き抜ける音が聞こえてくるのは、きっと優人と駿人が狐たちを倒しているからだろう。

 湧いて出てくるようにみえるほど、多くの狐が駆けていく。

 翔太もそれらを逃がさないよう、呪符を放った。


 みるみるうちに狐の骸が増えていく。

 縁と駿人のほうも、相当な数になっているはずだ。

 これだけの群れを率いているのはどれだ?

 遠く結界の境あたりに、なにかが浮いているのがわかった。


「――翔太!」


 優人の声に振り返ると、狐が飛びかかってくる直前だった。

 すばやく短刀を抜き、その喉もとを貫く。


「あっぶな……」


「翔太、まだくるぞ」


 優人に答えるよりも先に呪符を放ち、符術を唱えた。

 半数は翔太の落雷の術で、残りの半数は優人の槍で倒した。

 さっきなにかが浮いていたあたりに、もう一度目を向ける。


 ちょうど目を向けた先に、カッと赤い光が広がった。

 優人と顔を見合わせ、その方角へと走る。

 それが縁の放った符術だと走りながら感じていた。


「縁! 駿人! 無事か!」


 翔太は土手の上に立ちつくしている縁に駆け寄った。

 駿人の周りを狐たちが囲うように倒れ、その足もとに、ひときわ大きな金狐(きんぎつね)が倒れている。


「……妖獣がいたのか?」


 縁に問いかけても、うつむいて黙ったままだ。

 優人が倒れた金狐に近づき、腰をおろして息の有無を確認していた。


「金狐がいたんだな。ハヤが倒したのか?」


 駿人は首を横に振った。

 ということは、アイツを倒したのは縁か。

 縁はなんの術を放ったんだろうか?


「恐らくコイツが狐たちを扇動していたんだろうな」


「そ、そうでなければ……こんなにた、たくさんの狐が、暴れるワケ、ない……」


 ようやく口を開いた縁の目が、潤んで赤くなっている。

 妖獣の引き連れている使い魔でもなければ、こんな数を相手にすることは滅多にない。

 縁もきっと、翔太と同様でやるせない気持ちになっているんだろう。


「念のため、あ、赤の式を飛ばしたんだ……そ、そうしたらコイツがいて……ぼ、ボクのところに……」


 縁は右手に抜いたままの刀をさげ、左手に呪符を握りしめたままだ。

 咄嗟に刀で攻撃をしたけれど、避けられて腕を噛まれ、腕に食いついているあいだに呪符で倒したという。

 見ると右腕に怪我を負っていた。


「金狐の傷はヤバいかもしれないから、このまま薬を塗るぞ? ちょっとしみるけど我慢しろよ?」


 カバンから軟膏を出して塗ってやり、手拭いで縛ってやった。


「……翔太、あ、ありがとう」


「いいんだよ。それよりその金狐、さっさと確認してもらおうぜ」


 手早く呪符を出して請負所へと飛ばした。

 思いのほか時間が経っていたようで、空が淡くピンクに染まり始めている。


「縁も怪我してるし、このまま請負所の近くで一泊する?」


「そうだな。駿人、縁もそれでいいだろう?」


「ああ」


 戻る道中でカバンの呪符を確認してみると、呪符がもう残りわずかだ。


「ホントに今日のは多すぎ……呪符が……箱根山(はこねやま)に入る前にまた作らないと」


「ぼ、ボクも……手持ちがほとんどなくなったよ。翔太たちが急がないなら、こ、ここで呪符、作りたいんだけど……」


「縁もか。だったらここで作っちゃおうぜ。優人、駿人、いいよな?」


「そりゃあ……もちろん構わないさ。なぁ、ハヤ?」


「ああ。そうしてもらわないと、オレもユウも困るんだから」


「よし! じゃあ、請負所で呪符を作れる宿を紹介してもらおうぜ」


 だんだんと濃いオレンジに変わっていく空の下を、四人で歩きながら、翔太は話し合える仲間が増えてよかったと思っていた。

 胸の奥に重く引っかかっていた嫌な感情が、ほんの少し軽くなるような気がするから。

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