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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
内村 翔太 其の一
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第7話 相模国・平塚

 夜明け前に目が覚めると、翔太(しょうた)の頭の上を木ノ内(きのうち)の式が舞っていた。

 起き抜けで頭が働かないまま、式をつかみ取ると中を確認した。


「えっ! うっそ!!!」


 思わず大声が出て飛び起きると、優人(ゆうと)まで驚いて飛び起きている。


「なんだよ、こんな早くに騒々しい……」


「だって……だって! 賢人(けんと)が……!」


 木ノ内の式を差し出すと、優人は面倒くさそうにそれをみた。


「……ん? 若山深玖里(わかやまみくり)って、駿人が会ったっていうあの金孤(きんぎつね)のときの子か。なんだってまた本所(ほんじょ)にいたんだ?」


「俺が聞きたいよ! 賢人と一緒にって、なんでだよ!」


「それを俺に言われてもな。賢人も駿河(するが)に向かうみたいだから、本人に聞けよ」


 思わず布団に包まって悶絶した。

 無理を押しても本所まで行けばよかったと、今さら思う。


「起きろよ、翔太。もう出ないと小田原(おだわら)に着くのが夜になるだろ」


「あー、もうなんか……あーもう! なんだよ賢人~」


「ケンのヤツは秩父(ちちぶ)から甲斐国(かいのくに)に入って駿河に向かうみたいだな」


「……秩父?」


 秩父と聞くとイラっとする。

 光葉山(みつばやま)に住む一族のことを思い出すからだ。

 安房国(あわのくに)にある内村(うちむら)の実家でも、相当に探りを入れたけれど情報がまったく取れないと言っていた。


 基本的に符術師(ふじゅつし)たちは横の繋がりが広くて強い。

 どこの家に何人の子がいて跡取りは誰か、使う符術はどんなものか、その中でも得意とするのはなにか、など、比較的緩く情報を交換し合ったりしている。

 そうやって自分たちの符術を高めている節もある。


 武蔵国(むさしのくに)でも符術を使う有名な家はいくつかあり、交流を持っているのに、光葉だけは違う。

 符術を使っているはずなのに、どんな術式なのかわからないし、統領以外の情報も皆無に近い。

 ただ、少し前にどうやら跡取りの候補が三人いるらしいと聞いた。


 三人とも容姿がいいらしいという噂があって、誰もが興味を示しているのが気に食わない。

 どんだけ使えるかもわからないし、翔太を含むほかの符術師たちや櫻龍会(おうりゅうかい)に手を貸してくるかもわからないのに、なぜみんながそんな相手を気にかけるのか。

 そう思っているはずなのに、翔太自身も気になって仕方がない。


「ついでに光葉のようすでもみてきてくれたらいいのに」


「ケンにそれは無理ってものだろう?」


 優人が笑う。

 急かされて支度を済ませ、主人から弁当を貰うと、見送られながら宿をあとにした。

 昨日までは浮かれた気分でいたけれど、今朝は妙に足が重い気がする。


「本当に翔太はわかりやすいヤツだな」


 歩みを進めながら優人は苦笑するけれど、翔太はどうにも複雑な思いを拭い去れないでいた。

 蔓華(つるはな)に会いに行く、それは心の底から嬉しいと思うのに、深玖里のことも光葉のことも変に気になる。

 余計なことばかり考える自分を煩わしいとも。


 悶々としながらひたすら歩き、気づいたらいつの間にか藤沢(ふじさわ)だ。

 優人に言われて請負所を覗いてみると、このあたりではもう野犬の案件は出ていなく、代わりに狸や狐の退治依頼が少しだけ出ていた。


「小さい案件だけど、翔太、どうする? 請けるか?」


「んん……けどこのあたりで稼いでるヤツらがいたら、なにもないってのは困るんじゃないか?」


「それもそうか」


戸塚(とつか)の請負所では箱根山(はこねやま)に多く出ているみたいだって言ってたし、まずは距離を稼ごう」


 請負所を出て川の土手に腰をおろし、宿で貰った弁当を食べながら地図を眺める。

 このまま羽鳥(はとり)小和田(おわだ)茅ヶ崎(ちがさき)を進み、相模川(さがみがわ)を渡って平塚(ひらつか)に入るのが手っ取り早そうだ。

 川を渡るのに少しばかり手古摺ったものの、おおむね予定通りに平塚までたどり着いた。


「この辺も案件は少ないのかな?」


 請負所の扉を開くと、正面の壁には何件もの依頼書が貼りつけてある。

 思わず優人と顔を見合わせた。


「戸塚や藤沢じゃあほとんどなかったのに、やけに多いな?」


「依頼がはけていないのも気になるねぇ……どうしたんだろ?」


 見れば受付のカウンターに人の姿がない。

 普段はどこへ行っても、一人は女性が待機しているのに。

 翔太は奥を覗き込むようにしながら「すみませーん!」と声を張り上げた。


 返事とともに依頼書らしきビラを胸に抱えた女性が出てきた。

 笑顔は他所の請負所と変わらないけれど、若干、困ったような表情だ。


「それってもしかして、今貼ってある依頼書とは別口?」


「……そうなんです。急に増えて……人手もなかなかなくて……」


「一般にも開放している依頼だよね?」


 翔太の問いかけにうなずいた女性は、手にした依頼書をカウンターに広げてみせた。

 案件はほとんどが狐と狸だ。

 畑を荒らしたり、人を驚かせて怪我をさせることはあっても、目くじらを立てるほどまでにはならないものだ。

 農家のかたたちで処理してしまうことも多くあるというのに、この件数の多さはなんだ?


「とにかく、数が多いんです。それから田畑を荒らすだけじゃあなく、家畜を襲ったり、時には人さえも……」


「えぇ……そんなこと、滅多にないのに珍しいねぇ……」


「難しい案件じゃあないので額も低いですし……」


 受付の女性曰く、最近、相模国(さがみのくに)と駿河国、甲斐国の境あたりに大きな案件が増えているせいで、賞金稼ぎたちがそっちへ流れてしまっているそうだ。


「とりあえず、すぐに櫻龍会へ連絡して派遣を呼んで。半分は俺たちが請け負うから」


 ザッと依頼書を確認して、同じ地域に出る案件だけを集めると、優人と一緒に請負所を出た。

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