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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
内村 翔太 其の一
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第6話 相模国・戸塚宿

 翌朝は早めに起きて宿をあとにした。

 木ノ内(きのうち)から駿河国(するがのくに)へ行けと言われるなんて思いもよらず、翔太(しょうた)は浮足立って街道を進んだ。

 手もとにまとまった金額ができたから行きたいとは思っていたけれど、櫻龍会(おうりゅうかい)の手前なかなか行かれずにいたのに。


「櫻龍会から行けっていわれたんだもんな。大手を振って行かれるってのはありがたい」


「……浮かれすぎだろ。ちゃんと前を見て歩けよ」


 優人(ゆうと)は呆れた顔をみせるけど、翔太にはそんなことは関係ない。


相模国(さがみのくに)は行ってきたばかりだけど、甲斐国(かいのくに)との境の山を通ってきただけだもんな。次は海沿いを行こうか」


「そうだな。海沿いは大物はいないだろうけど、途中、箱根山(はこねやま)あたりに入ればなにか依頼が出ている気がする」


「よし! じゃあ決まりな」


「ケンのヤツはあのあと、どうしただろうな……」


 翔太は賢人(けんと)のことをすっかり忘れていた。

 優人のいうように、浮かれすぎかもしれない。


「賢人は大丈夫だろ? 木ノ内さんがなにも言ってこないんだから、うまくやったはずだよ」


「だといいんだけどな。あいつ、結界張れないだろ。本所(ほんじょ)でやらかしてないか、俺は心配だ」


 優人のいう『やらかし』はきっと結界を張らずに戦って、怪我人を出してしまうことだけじゃあなく、品川(しながわ)の野犬たちを率いてきたのが狼だったように、本所にも狼が現れていたらという心配も含まれているんだろう。

 やけに憂いた表情をするものだから、翔太まで唐突に不安に襲われた。


「念のため、木ノ内さんに式を送って聞いてみる。きっと大丈夫だと思うけどね」


 人型に切った紙に符術をしるし、木ノ内へ伝言を書きつけてから飛ばした。

 返事がくるまでどのくらいかかるかはわからないけれど、箱根に入る前にはなにかしらアクションがあるだろう。


 橘樹郡(たちばなぐん)に入り川崎(かわさき)で一度、請負所の様子をみたけれど、一般向けの野犬案件がまだ少し残っている程度だった。

 そのあとも寺尾(てらお)子安(こやす)を回ってみるも、出ている依頼は似たり寄ったりだ。


「野犬の残りがまだ結構あるねぇ……これが全部、品川に回っていたらと思うと……」


「きっと手こずっただろうな」


 街道沿いで人も多いからか、次々に依頼書がはけていくのを優人と二人でみていた。

 戸塚(とつか)までくると宿を取り、ここでも近くの請負所に立ち寄ってこの辺りの状況を聞いてみる。


「最近は野犬以外になにか出たりする?」


 美しい受付の女性の手を握り、さっそく聞いてみるも、優人に後頭部を引っぱたかれて頭をさすった。

 受付の女性がクスクスと笑う。


「この辺りは野犬ばかりで、今は他にはなにも。ですが……」


「ですが?」


「箱根山のほうでは、甲斐国や駿河国の山から流れてきた猪や熊が増えているそうです」


「猪に熊? それは厄介だなぁ……なあ? 優人」


「ああ。ところでそれは、一般にも依頼が解放されているんですか?」


 受付の女性は手もとの書類をいくつか眺め「妖獣(ようじゅう)はいないようなので、解放されていますね」という。

 優人は少し考え込むようなしぐさを見せてから、受付の女性にお礼をいい、翔太の背中を押して請負所を出た。


「なんだよ~、まだ彼女の名前も聞いていなかったのに」


「翔太、蔓華(つるはな)に会いに行くつもりなんだろう? だったら少しは節操をわきまえろよ」


 グッと言葉に詰まる。

 彼女を思うとどうにも胸の痛みがおさまらず、それを振り切るようにほかの女の子たちに声をかけたりデートをしたり……。

 蔓華の気持ちがまるでわからず、翔太自身それは不実な行為だとわかっていても、やめられないままだ。


 とはいえ、一緒にご飯を食べたり奇麗な景色を見にいったりする程度で、手を握ることはあっても、それ以上のことはしていない。

 単なる言いわけだと思われても仕方がないけれど……。


 (えにし)にも何度も、そんな意味のないことはやめたほうがいい、といわれた。

 縁は優しいヤツだから、なんだかんだと小言をいいながらも、翔太にも普段通り接してくれるけれど、ほかのヤツらは翔太を快く思わないようだ。

 まあ、自分でもモテるとわかっているから、周りに目障りだと思われているのは自覚しているけれど。


 四男で家を継ぐこともできず、家業の符術(ふじゅつ)さえ教わることもなかった。

 自分の存在意義をまるで感じられず過ごした幼少のころを思い出す。

 ただ家で掃除や料理の手伝いや兄の世話をするだけだった。


 八歳で櫻龍会に入り、符術や武術の修行をはじめると、本当に自分がこの仕事のことをなにも知らなかったんだと思い知らされた。

 このとき縁は十歳で、翔太と同じようになにもできないヤツだった。

 お互いに励まし合って修行を頑張っていたっけ。


 縁がいたから翔太も頑張れたし、そのあと優人と協働(きょうどう)になって実際に依頼をこなすようになると、だんだんと自分の存在意義を感じるようになってきたけれど、幼いころから感じてきた漠然とした不安は、そう簡単には消えてくれない。

 だから今は、人に迷惑をかけない程度に自重をしつつも、好きにやっている。


「今日は早めに寝て、明日は小田原(おだわら)まで一気にいくか?」


「そうしよう。箱根に入る前に状況をしりたいしね」


 優人と二人、宿に戻って夕食を取ると早めに経つことを伝えて朝食を断り、代わりに握り飯の弁当を頼んだ。

 宿代の清算を先に済ませ、風呂に入るとすぐに眠りについた。

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