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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
内村 翔太 其の一
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第5話 荏原郡・野犬案件完了

 低い唸り声をあげている狼を目の前に、優人(ゆうと)は無言のまま武器を振るった。

 鋭い風の刃を狼はことごとくかわしている。


 翔太(しょうた)はハラハラしながら見守っていた。

 できる限り野犬たちを近づけないように、雷撃で蹴散らしていく。

 何度目かの攻撃で、ようやく野犬をすべて倒した。


 あとは狼の妖獣(ようじゅう)だけだ。

 優人はいつも通りに攻撃を繰り出しているのに、狼に掠ることもなく、逆に狼の攻撃であちこちに爪痕を残されていた。


 完全に気負っているのがわかり、翔太は優人に向けて呪符(じゅふ)を放った。

 いつもなら、投げた瞬間に気づくのに、今日はまるで気づいていない。

 それだけ目の前の狼に固執しているということだ。


月明癒光(げつめいいこう)……」


 優人の背中に貼りついた呪符がポッと燃え上がり、優人の体じゅうが柔らかな白い光に包まれた。

 この符術(ふじゅつ)は翔太が得意とする術の一つで、人の気持ちを静めて傷を癒す効果がある。

 一人で妙に焦っていて、小さいとはいえいくつもの傷を負わされている優人にはちょうどいい。


 少しは頭が冷えたのか、飛びかかってくる攻撃を紙一重でかわしながら、優人の一撃は狼の背中から腹へと貫いた。

 やっぱり、強い。

 狼を睨み据えていた優人の目が翔太に向いた。


「手間をかけさせてすまない……」


「……いや、別に」


 既に息絶えた妖獣を見おろし、優人がなにを思っているのかは大体わかる。

 それに対して翔太はなにか言えるような言葉を持っていないし、言うつもりもない。

 きっとこんなときの優人に言葉を掛けられるのは、賢人(けんと)たちだけだ。

 依頼を終えたことを知らせるために、四つ足に切った呪符を出して請負所へ飛ばす。


風弧送達(ふうこそうたつ)


 狐の姿に変わった式が颯爽と駆けていくのを見送ってから、優人を促して翔龍(しょうりゅう)のもとへと向かった。

 結界を解いて鳥居をくぐると、中には来たときの三倍はいるんじゃないかと思うくらいの猫の姿がある。

 どうみても妖獣になっているのも、ただの猫も、とにかくたくさんだ。


 神社に結界を張るまえに、確かに仲間を集めろと言ったけれど、こんなにいるとは思いもよらなかった。

 翔太たちが奥へ進むのを、物陰から、草むらから、ただジッとみつめてくる。

 裏手に回るときなど、一斉に猫たちの目が光って驚いた。


「翔龍さま、妖獣と野犬はすべて櫻龍会(おうりゅうかい)で対応いたしました。倒した妖獣と野犬たちの片づけは、このあと会のものたちが参ります」


「……それと、雷の符術にお力添えをいただき、ありがとうございました」


 丁寧に挨拶をしたあと、お礼を述べると、案内をしてくれた猫が小さな包みを手に近寄ってきて、翔太に差し出してきた。


「俺にくれるの?」


 小声でそう聞くと、猫は小さくうなずき、翔龍を振り返った。


「その呪符はこの神社の主が祈祷をしている。手に余る獣奇(じゅうき)に使うつもりで作ったそうだ。其方(そなた)とは恐らく相性が良いはず」


 翔龍は翔太にそう言い残して、また静かに池へと戻っていった。


「ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします」


 既に水の中だけれど、きっと聞こえているだろう。

 まさか呪符をいただけるとは思いもしなかったし、手にしているだけでも強さがわかる。

 この先、使うとしたらどのタイミングかは、受け取った瞬間に決めた。


「せっかくだからこれ、例のヤツが現れたときに使おうかな」


 背負っていたカバンに呪符をしまって翔太は宿までの道を歩いた。

 少し後ろを歩く優人が薄く笑う。

 さっきまで殺気に満ちて切羽詰まった様子だったのが嘘のように穏やかだ。


「それはありがたいけど、必要な場面があったときには、迷わずそれを使えよな」


「俺にはそんな場面、ヤツのとき以外には思いつかないよ」


 優人たち兄弟がもう何年も探して見つけられずにいる妖獣がある。

 翔太が櫻龍会に入って修行を終え、優人と協働(きょうどう)になってから、もう十年が経つというのに一度もその姿を見ていない。

 本当にいるんだろうかと訝しんだことはあるけれど、櫻龍会の統領は間違いなくいるという。


 一時期は和国のあちこちを旅しても、一向に出てこないことに痺れを切らして統領に突っかかったこともあった。

 優人たちにも八つ当たりのように接したことがある。

 ひどいことも散々言ってきたけれど、優人たちはそんな翔太にもいつも真っすぐに向き合ってくれた。


 年を重ねるごとに少しずつ打ち解けてきて今に至る。

 当時はまだ翔太も子どもだったとはいえ、あのころの態度はひどかったと、思い出すと自分でも恥ずかしい。


「俺、最近思うんだよね。予感なんて大げさに言うつもりはないんだけどさ」


「なんだよ? もったいぶっちゃって。翔太らしくもない」


「もうすぐ見つかる気がする。といっても誰のかはわからないけどね」


 翔太がそういって振り返ると、優人は足を止めてうつむいた。

 数秒そうしてから顔を上げ「そうか」というと柔らかな笑顔をみせる。


「ところで翔太、次はどこへ行く? 当初の予定だと下総国(しもうさのくに)から上総国(かずさのくに)安房国(あわのくに)まで行く予定だっただろ?」


「んん……そうだな……」


 立ち止まって考えていると、ヒラヒラと人型の式が舞い降りてきた。

 翔太はそれをつかみ取って中を確認した。


木ノ内(きのうち)さんだ」


「今度はなんだ?」


「……駿河国(するがのくに)へ行け、ってさ」


 優人が大げさに肩をすくめてため息をついた。

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