第4話 荏原郡・北品川の古龍
鳥居をくぐったとたん、翔太は囲まれた気配を感じた。
優人も気づいていて、表情が硬い。
参道をゆっくりと歩みながら両脇の林に目を向けた。
「思ったより狭いな」
「地図だと本殿の裏に大きな池があったじゃん? そこにいるんじゃないか?」
「ああ、そういえばあったな。それなら裏へ回ろう」
参道をそれて林に入り本殿の横を通りすぎたとき、正面の木の陰から提灯を手にした猫が現れた。
「え……猫?」
「……どうぞ、こちらへ」
一瞬、話しかけられて驚いたけれど、妖獣だと思えばどうということはない。
こちらを振り返りつつ案内してくれる猫は尾が三本あり、きっと古龍の使いだろう。
本殿裏手の池まで来ると、既に古龍が姿をみせていた。
思った通り櫻龍会から使いがきていて、野犬についての話しが通っていた。
それでも翔太と優人は自分たちの名を名乗り、周辺を騒がすことを詫びた。
古龍は翔龍と名乗り、野犬のことでは本所の古獅子からも聞いているという。
「野犬ごときに狙われたところで、我にはなんの不安もないが、共に暮らす猫たちが危うい」
この神社に集まる多くの猫は妖獣となっているけれど、そうでない猫たちも多いらしい。
数頭の野犬であればさほど脅威にはならないものの、集団で来られたら傷つくのは猫たちだという。
目障りだと思いはじめていたときに櫻龍会から連絡があり、それならば、と任せることにしたそうだ。
「櫻龍会は古くから付き合いのある羽前国の霧龍とも縁がある。ヤツが信頼を置いているのなら……」
「どの程度の数が来るかはわかりませんが、豊島郡でも野犬の動きを阻んでいます。必ずやすべてを倒し切ります」
「犬どもを率いているのは狼だという噂もある。人の身なればくれぐれも慎重に……」
翔龍はそう言い残し、池の中へと消えていった。
翔太はそっと優人へ視線を移し、その手もとをみつめた。
優人の武器の柄を握る手に、異様に力がこもっている。
握りしめる力が強すぎてこぶしが震えるほどだ。
遠くから微かに遠吠えが響いてきた。
「優人、行こう」
翔太は優人を促し、神社を後にした。
鳥居をくぐる前に、送りに出てきた猫の前に腰をおろし、同じ目線で話しをした。
「この神社に入れないように、結界を張るよ。この敷地内に、十分のうちに仲間を集めてこられる?」
猫はコクリとうなずいた。
それに合わせて翔太もうなずく。
神社に来るのが間に合わない子たちには、街で避難しているように言い含めた。
戻っていく猫を見送ってから式神を出し『犬』のほかに『狼』と書いて飛ばす。
だんだんと近づいてくる遠吠えを聞きながら、集中して探ると式神がその姿を捉えた。
「いるわー……本当に狼、いるよ。でも黒じゃないな……」
「色なんてなに色でも構いやしない。どちらにしろ根絶やしにするだけだ」
優人は握った柄を伸ばしてぐるりと回した。
優人たちの武器は、柄が伸縮するようになっている。
刃の部分は四人とも違い、それはそれぞれの気によって違うらしい。
最初に聞いたときから、今をもっても理解しがたいけれど、みんないいヤツだし頼りになるのはわかっているから、翔太は深く考えるのをやめた。
この四人が急に変わることがあるのは、今日のように狼が関わってきたときだけだ。
異様に殺気立つのがわかる。
「優人……あまり気負うなよな?」
「わかってる」
狼を相手にすると死に急いでいるようにみえて不安になる。
できるだけ符術で手を貸してやり、優人の手助けをしたいと思う。
だから強くなりたいと思っているのに、まだまだ足りていない部分が多くてうまくいかない。
いつの間にか十分が経っている。
呪符を出して掲げ、翔太は符術を唱えた。
「護身封域! 急急如律令!」
神社の周りを保護するように結界を張り、続けて出した呪符に新たな符術を唱える。
結界を張る範囲にすべての野犬と狼が入ったのを式神で確認してから呪符を投げた。
「封禁獣域……急急如律令!」
周辺の空気がピンと張り詰める。
いいと言うまもなく優人は駆けていく。
「優人っ! ちょっと待てって――!」
追いかけようとした翔太の前に、野犬の群れが立ちはだかった。
舌打ちしてすぐに呪符を投げる。
「雷焔震降、煌舞神裁!」
野犬の群れに雷撃を落とそうと唱えた符術は、いつもと同じはずなのにやけに強い。
背後に奇妙な気配を感じて振り返ると、神社の敷地の奥でなにかが薄っすらと光っていた。
「ははぁ……翔龍は古龍だもんな……天候に関わる術に影響を与えられるのか」
翔太にとってはありがたい援軍だ。
呪符を手に優人を追って走りながら、襲い掛かってくる野犬たちには雷撃の符術だけを喰らわせてやった。
しばらく走ると急に視界が開けた。
目の前には田んぼが広がり、もう稲の収穫も済んでいて、強い海風が潮の香りを運んでくる。
野犬はあらかた倒したようで、あちこちにぽつぽつと数頭が唸り声を上げているだけだ。
中に一頭、やけに大きなヤツがいた。
灰色で腹の部分だけが白い狼だ。
優人が武器を構えて対峙していた。