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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
若山 深玖里 其の一
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第29話 甲斐国・長船山の熊

 霧牙(きりが)火狩(かがり)は熊の出るおおよその位置をしっているといい、先行して深玖里(みくり)(いざな)ってくれた。

 ありがたいけれど、胸の内は複雑だ。


「……熊退治……こんな山の奥、人も来ないだろうけどさ、喰ってそうだよね……」


「ひょっとすると、妖獣(ようじゅう)になっているかもな」


「あーヤダー! ホントに嫌」


「もしも妖獣になっていたら、雷嶺(らいれい)さまにいただいた呪符(じゅふ)が使えるんじゃないか?」


 霧牙にいわれて、思わずカバンの中をみた。

 確かに強そうな呪符だから使えるけれど、なんとなく今使うのが惜しい。


「どうしようかな。なりたてだったら、いつもので十分だと思うんだけど」


「太刀もあるしな」


 火狩が耳を動かして顔を上げた。


「いるぞ、あっちだ」


 火狩と霧牙が駆けていくあとを早足で追う。

 山を下っていくと、急斜面の下にある川に熊の姿がみえた。

 いるのは一頭で、周辺にほかの生きものがいる様子はない。


(きん)(ばく)(しゅ)(けつ)


 呪符を投げて結界を張りながら、河原に向かって一気に飛び降りた。

 こちらに気づいた熊は、ただの(けもの)にみえる。

 ほかになにもいないのならと、早々に太刀を抜いて構えた。


(れつ)(ふう)(じん)!」


 手っ取り早く、時間をかけずに倒したい、そう思って繰り出した太刀の技は、一撃目がかわされてしまった。

 仕掛けたことで熊のほうも深玖里を敵と認識したのか、すぐに距離を詰めてきた。


 咄嗟のことで金縛りの呪符が間に合わない。

 振り上げられた爪の攻撃を飛び退いて避けた。

 熊はまだ若いのか動きが素早く、すぐに深玖里に向かって駆けてくる。


「……っつ!!!」


 避けたつもりが、爪が腕を掠めた。

 火狩が熊の背後からうなじのあたりに噛みつき、熊が深玖里から離れる。


(きん)(きん)(ばく)()!」


 その隙に呪符を出し、金縛りの符術を唱えた。

 呪符を投げ、それが熊の腹に貼りつく。

 火狩を振り落とそうと体を捩った格好のまま、熊の動きが金縛りで固まる。


 貼りついた呪符ごと熊の腹を裂こうと、太刀を掲げて間合いを詰めたとたん、呪符が破られて熊がまた動き出した。

 暴れて振り回す腕に、火狩も深玖里も吹き飛ばされ、もんどりうって川に落ちた。

 浅いおかげですぐに構え直し、熊の姿を探した。


 深玖里に向かって来ようとする後ろから、今度は霧牙が噛みついて止めた。

 飛ばされたはずみでカバンの紐が切られ、熊の足もとに落ちている。

 あれでは呪符が取れない。


「霧牙! 持ちこたえて!」


 唸り声を響かせて熊にとりつく霧牙に呼びかけ、太刀を構えて目を閉じた。


風刃(ふうじん)!」


 大きく太刀を振りぬくも、爪にやられた痛みで攻撃がぶれて風の刃は熊の脇の木に当たっただけだ。

 こんなに手こずるとは思わなかった焦りで、次の攻撃に迷いが出た。

 ギャンという鳴き声とともに、霧牙まで熊に弾かれてしまった。


「霧牙!」


 熊の目が深玖里に向き、大きく咆哮をあげて突進してくる。

 目の前まで迫ったところで、突然、熊が倒れた。

 太刀を構えたまま呆然と見つめていた先に、賢人(けんと)が武器を振り下ろした格好のまま立っていた。


「……なんで? アンタ、どうしてここに……」


「結界、破られていたぞ」


 差し出された手を借りて立ちあがった。

 駆け寄ってくる霧牙と火狩を撫でてから、落ちたカバンを拾いあげ、いったん帰して木彫りの人形をしまう。


「おれも熊の依頼を請けてきたんだ。一頭を倒したところでその熊の気配が溢れてきて……」


「そんな……アタシの結界が破られるなんて……」


 符術(ふじゅつ)には自信があった。

 これまでに結界が破られたことなど一度もない。

 自分がとてつもなく駄目な人間に思えてしょうがない。


「恐らく妖獣がいたんだろう。(まれ)にそういうことがある」


 賢人は翔太(しょうた)(えにし)も同じ経験をしているといった。

 そういわれても、とうてい納得のいくものじゃあない。


「おれは明日、その妖獣を探すつもりだ。キミはその依頼、請けているのか?」


「アタシはまだ依頼は請けてないの。ここの(ぬし)に頼まれてて、倒してから申請しようと思っていたから」


「そうか……ここの主は確か妖狐だったな。知り合いだなんて思いもしなかった」


「ん……まあ、アタシの出身が近くだから」


「……ふうん」


「アンタは今回も一人? ほかの誰かと一緒?」


「いや……」


「じゃあ、また結界張ってないの?」


 賢人はバツが悪そうに視線を反らせてうなずく。


「こんな山の中なら人も来ないし……」


「来ないったって、アタシみたいに依頼にきてるヤツがいるかもしれないでしょ!」


「……」


「請負所、行くでしょ? 明日の妖獣、アタシも一緒にいく。いいわよね?」


「……ああ」


「それと、さっきはありがとう。助かった」


 賢人の腕を引っ張って山をおりながら、深玖里は一応、お礼をいった。


「いや……こっちこそ、明日はよろしく頼む」


 頼まれたものの、深玖里は一抹の不安を覚えていた。

 自分の符術のなにが悪いのか、なにが足りないのか、そればかりが頭の中で渦巻く。

 縁が他所(よそ)の術式を取り入れて試行錯誤していると言っていた。


 深玖里の符術も頭打ちになっているのかもしれない。

 この先もっと稼ぐには、符術の研究もしなければいけないのかもしれない。


(嫌だけど……やっぱり一度、帰らないといけないのかな……)


 家に戻らずに腕をあげるには、探し人にたどり着けばいいのだけれど、もう何年も探しているのに一向にみつからない。

 どうにかして、探し出さなければ。

 深玖里は駿河(するが)にいったあと、今度はどこへ向かうべきかを考えていた。

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