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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
若山 深玖里 其の一
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第27話 秩父郡・日野の村

 翌朝は気持ちよく目が覚めた。

 窓を開けて外の景色を眺める。

 目の前を流れる川の音と鳥のさえずりが、うっすらとかかったモヤの中に響いていた。


 (かす)かに湿った空気と濡れた草木の匂いが懐かしい。

 他所(よそ)の土地でも同じ匂いはするけれど、自分が育った場所に近いせいか、グッと詰まるような思いに駆られる。


 荷物をまとめて着替えを済ませ、まだ早い時間のうちに発つ。

 小さい包みにはおにぎりが、水筒には冷えたお茶を入れて、主人から手渡される。


「また寄ってくださいね」


「ありがとうございます」


 丁寧にあいさつを交わし、宿をあとにした。

 川沿いを進み、すぐに山道になり、そのまま秩父郡(ちちぶぐん)に入った。

 茂った木々のおかげで日差しが遮られ、暑さが和らぐ。


 峠をいくつか越えて、ようやく平地に出るころにはもうお昼だ。

 荒川(あらかわ)の河川敷で岩に腰をおろし、宿で貰ったおにぎりを食べながら、買っていく手みやげの数を考えていた。

 今ごろはみんな、まだ畑で仕事中だろうし、お昼休憩をとっているとしても、その中にお邪魔するのはどうかとも思う。


 包みを丸めてカバンにしまい、水筒のお茶を飲み切ってから、街の和菓子屋へ向かった。

 お団子やお饅頭を山ほど買い込み、山の麓の日野(ひの)にある小さな村へと入る。


深玖里(みくり)!」


 深玖里の姿に気づいた子どもたちが駆け寄ってきて、さっそくおみやげを広げると、子どもたちに配った。


二村(にむら)さんやチヨ(ばあ)は、まだ山?」


「うん!」


「ほかのみんなも?」


「そうだよ」


 深玖里がまだ小さかったころ、この村はひどく貧しかった。

 猪や鹿、猿に畑を荒らされることも多く、食べることにも苦労をして、子どもたちが売られていくことも多かった。

 今は、幸いにも櫻龍会(おうりゅうかい)のおかげで害獣(がいじゅう)が減り、新たに始めたみかん作りがうまくいくようになり、少しずつ豊かになってきている。


 深玖里が賞金稼ぎをしているのも、売られていった子どもたちを取り返すためだ。

 その中には、大切な姉もいる。

 みかんの畑も大きくなり、手が足りなくなりつつある今、この村で仕事はいくらでもある。


 秩父郡だと、風布(ふうっぷ)のほうが盛んだけれど、この村でできるみかんも小さいのに甘くてとてもおいしい。

 地域以外にも知られるようになってきて、良く売れているそうだ。

 他所へ売られていくことも、仕事を探して村を離れることもしなくて済む。


 だから深玖里は稼いだ賞金でみんなの借金を返し、毎年数人ずつ村へ呼び戻していた。

 今はほとんどが帰ってきていて、残すは姉のほかに二人だけになっている。

 それもできればこの旅で終わりにしたい。


「お団子もお饅頭も、みんなで仲良く分けて食べるんだよ? 山のみんなのぶんは今から持っていくから」


 返事をする子どもたちと別れ、山へと向かう。

 みかん畑はそう遠くない山の斜面にある。

 先に気づいたのはチヨ婆で、斜面の木陰から深玖里に手を振る。


「チヨ婆、みんな、久しぶり!」


 せっせと斜面を登って一息つく。

 集まってくるみんなにお饅頭を配り、最近の様子を聞いた。


「近ごろじゃあすっかり害獣も出なくなったよ」


「ひところは猿にみかんをやられたけれど、このところはそれもない」


「櫻龍会に依頼を出せば、すぐに対応してくれるしなぁ」


「ふうん……」


 深玖里はチョットだけ気分が悪くなった。

 旅になんか出ていなければ、自分が対応できるのに。

 とはいえ、子どもたちを売らずとも村で懸賞金の資金を賄えるくらいに豊かになったなら、それはそれで良しと考えるべきなんだろう。


「二村さんやほかのみんなは?」


「この時期はまだこっちの手は少なくていいから、田畑のほうにいっているよ」


「そっか」


 ここからは村や田んぼ、畑を一望できる。

 うっすらと黄色く変わってきている稲や麦のあいだに、チラチラと動いているのがそれだ。

 

「深玖里はこれから家に帰るのかい?」


「……ん……帰らずに光葉山(みつばやま)から甲府(こうふ)に抜けるんだ。それから駿河(するが)にいく」


「そうかい……面倒をかけてすまないねぇ……」


「いいんだよ。自分でやるって決めたんだから。二村さんには、あと少しだからって伝えておいてよ」


 二村は姉の家だ。

 深玖里と姉は腹違いで年も六つ違う。

 小さいころは良く遊んでもらったのに、売られて行ってしまうときには黙ってみているしかできなかった。

 どうすることもできなかった深玖里は、ただひたすら父親を恨んだ。


「じゃあ、仕事の邪魔をしてごめんなさい。全部終わったら、今度はゆっくり遊びにくるよ」


 チヨ婆に手を振り、深玖里は斜面を駆け降りると勢いをつけて高所から街道へと飛び降りた。

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