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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
若山 深玖里 其の一
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第26話 高麗郡・猿案件完了

 数分待つと、縁炎(えんえん)も守狐たちと一緒に猿の群れを追い立てながら駆けてきた。

 その数は二十頭はみてとれる。


「ちょっと……! 三十頭どころじゃないじゃない!」


 慌てて呪符(じゅふ)を出して繰り出すも、枚数が間に合わずに数頭が雷を逃れた。


「縁炎! 退いて!」


 柄を握って太刀を振るう。

 猿たちは素早く、思うように斬れない。

 櫂風(かいふう)夢孤(むこ)が何頭か引き受けてくれたおかげで、深玖里(みくり)にも余裕ができた。


 中に一頭、やたら大きな猿がいる。


「アイツがボス猿か……!」


 太刀を引いて構え、ボス猿に向けて一閃する。


風刃(ふうじん)!」


 鋭い風が刃のようにボス猿の喉を裂いた。

 ギャッと短い叫びをあげて、ドサリと倒れる。


「呪符なしで倒したのか!」


 夢孤と櫂風が驚いた声をあげた。

 そういえば、狐たちにはまだ太刀の攻撃を見せていなかったっけ。


「チョットね、太刀使いで新しい技を覚えたんだ」


 縁炎が守狐たちと一緒に倒れたボス猿を囲んでいる。

 もう死んでいるはずだけれど、なにやらヒソヒソと話しているのが気になった。


「どうかした?」


「深玖里、コレ……」


 縁炎が尻尾でボス猿の喉元を指した。

 そこから黒っぽいものが見え、覗き込むと人の髪だ。


「え……これって尾賀山(おがやま)の猪と同じ……あれ? でも被害は怪我だけって……」


「食べられたんじゃあなさそう? 噛まれた子がむしられちゃったのかもぉ」


 縁炎が心配そうにつぶやいた。

 良くはないけれど、食べられたんじゃないなら少しはマシか。


「これ、もしも食べられてたら、やっぱり妖獣(ようじゅう)になった可能性があるよね?」


「だろうな。なんなんだ? (けもの)たちは妖獣になりたがってるのか?」


 夢孤が怒ったようにいう。

 人を喰ったからといって、必ず妖獣になるわけじゃあない。

 その個体にもよるんだろうし、喰わなくてもなるヤツはなる。

 少なくとも夢孤たちや霧牙たちは、喰ってなどいないし、これからも喰わないだろう。


「こんな獣がふえてるとしたら、なんかイヤだな」


「とりあえず、猿どもは退治したんだし、早いところ申請して光葉みつばに向かおうよ」


「そうだよ。深玖里、櫂風がいうとおり、早く帰ろう?」


 櫂風と縁炎に促されて、結界を解く。

 今回は浮蝶(うきちょう)を飛ばすより、自分でいったほうが早そうだ。

 倒した猿たちのことを、夢孤たちに頼んで、深玖里は急いで請負所へ向かった。


「あら? なにかわからないことでもあった?」


「ううん。依頼、完了したから確認と申請をしにきました」


「――えっ? もう済んだの?」


 受付の女性が驚いた顔で深玖里をみた。

 奥にいるほかの女性に声をかけ、確認の手配をすると、申請書を出してきた。

 それに必要事項を書いていく。


「あなた、名前、なんだっけ?」


「若山深玖里」


「ああ……あなたが。最近、山犬の案件をずいぶんこなしたって聞いてるわよ」


 深玖里はそれを聞いてチョット困った。

 あまり名が知れると、変な(やから)に邪魔をされたりするからだ。

 もっとも、そんな輩にやられっぱなしになっている深玖里ではないけれど。


「ずいぶんと稼いでるようだから、おかしなヤツらには気をつけてね」


「大丈夫。そう簡単にやられたりしないから」


 受付の女性はクスリと笑った。

 そうこうしているうちに確認が終わり、懸賞金を受けとると夢孤たちのところへ戻った。

 その前に、近くの商店で()()()とお酒をたくさん買った。


「みんな! お待たせ」


「戻ったか。どうする? このまま先へ進むか?」


「うん、でもその前に、守狐さまたちに手を貸してくれたお礼」


 手にした風呂敷を広げ、()()()とお酒を守狐たちに渡すと、みんな喜んで受けとってくれた。


「本当はお堂まで行ってお供えをしたほうがいいんだろうけど、こんな渡しかたでごめんなさい」


「いいのよぉ~。こっちも助かったんだしねぇ。緋狐(ひこ)さまにもよろしくお伝えしてちょうだいね」


「うん。言伝(ことづて)はしっかり預かっていきます。それじゃあ、アタシたちはこれで」


 夢孤たちを帰して人形をカバンにしまうと、深玖里は急ぎ足で飯能(はんのう)をあとにした。

 すでに夕方に近い時間だ。


 ここからは山へ入っていくことになる。

 暗くなる前に、せめて正丸(しょうまる)の峠あたりまで進みたい。

 山の中でひぐらしの声が響き始めた。


 平坦な川沿いを駆け足で進み、あたりが薄暗くなってきたころ、ようやく正丸の麓にある宿へたどり着いた。

 ここはいつも寄る宿で、主人ともすっかり顔見知りになっている。


「こんにちは!」


「はーい、いらっしゃい……あれ? 若山さんか。久しいねぇ」


「今夜は部屋、空いてますか?」


「もちろん。夕飯はどうする?」


「食べます!」


 食い気味に答えると、主人はさっそく深玖里を部屋へと案内してくれた。

 すぐに夕飯が用意され、食べながら仲居さんに最近の状況を聞いてみる。


「この辺は少し前まで猿が増えてねぇ」


「猿……?」


「そう。手を焼いていたんだけど、最近は少し減ったみたいで、被害はほとんどなくなったのよ」


「じゃあ、なにか案件が出てることはない?」


「今はないんじゃないかしら?」


 減った猿が飯能へ移動したんだろうか?

 先を急ぎたいから、下手に案件に手を出さなくて済むのはありがたい。

 またすぐ猿を相手にするのは嫌だから。

 朝は朝食を食べたらすぐに発つ旨を伝え、この日は早く床についた。

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