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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
若山 深玖里 其の一
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第22話 足立郡・本所の野犬群

(らい)()(ふう)! 夢孤(むこ)!」


 妖狐(ようこ)の夢孤を呼び出して、先に寺の周辺を探りに行ってもらった。

 結界を張るために、集結しつつあるだろう野犬のいる範囲を見てきてもらうためだ。


 見送ってから、今度は霧牙(きりが)を呼び出す。

 火狩(かがり)でも良かったのだけれど、雷嶺(らいれい)と顔を合わせている霧牙のほうが、いざ、なにかあったときに早く話しが通じると思ったからだ。


「霧牙、今、夢孤に雷嶺さまのいる寺周辺を探ってもらっている。野犬、倒しにいくよ」


「ああ。間違っても雷嶺さまが襲われるようなことがあってはならない。遠峯(とおみね)さまもきっと心配されている」


「うん、それに……」


 頭数が底知れないから手早く済ませたい、そういおうとしたとき、微かに遠吠えが響いてきた。

 霧牙が耳を震わせる。


「来るな。急ごう」


 駆けだしていく霧牙を追って深玖里(みくり)も全力で走った。

 寺の総門前まできたところで夢孤が戻ってきた。


「深玖里、まずい数が集まってるぞ! もうすぐそこまで来てる」


「そんなに? 結界、広く取らないと駄目かな?」


「いいや、この寺を中心に、周辺の田んぼを囲うくらいがちょうどいい」


 思ったより狭い。

 呪符(じゅふ)を出して飛ばした直後、夢孤が思い出したように「そういえば男が一人、紛れ込んでいた」という。


「そいつはたぶん大丈夫。知ったヤツなんだよ」


「それならいい。ほかには誰もいなかった」


 あちこちに遠吠えが響きはじめ、どこからともなく唸り声や攻撃的な声も聞こえてくる。


「夢孤、巻き込まれると面倒だからいったん戻って」


 夢孤を戻し、火狩を呼んだ。


「火狩、野犬が集まってる。結界はもう張ってある。霧牙が行ってるから、一緒にここまで追い込んできて!」


「わかった」


「呪符だけじゃ間に合わないかもしれない、あの技、出すから霧牙にも伝えて。それから賢人(けんと)がいるようだから、風には気をつけて!」


「アイツがいるのか……なんだってまた……」


 火狩もひどく嫌そうに唸り声をあげると、仕方ないといった様子で駆けだしていった。

 賢人は相当嫌われているようだ。

 あの攻撃のせいで、霧牙も火狩も沼に飛び込まされる羽目になったんだから仕方ない。


 結界を張って出られなくなった野犬たちが、深玖里に気づいて襲ってくる。

 数えると七頭。

 呪符を出して広げると、数枚を一気に放つ。


(きん)(ばく)(らい)(げき)!」


 真っすぐに野犬たちの背中や頭に貼りついた呪符に、強い雷撃が落ちる。

 すぐに次の群れがやってきて、太刀を抜き放つと飛びかかってくる野犬たちを斬り倒した。


「霧牙も火狩も戻ってこないのに、結構来るな……賢人はどうなってるんだろう……」


 寺の塀に沿ってまた野犬たちが向かってくる。

 それを倒しながら、塀沿いに来たことに疑問を感じた。

 今、深玖里は総門の前にいるけれど、野犬たちがご丁寧に門をくぐって雷嶺のところへ向かうとは限らない。


 裏手に回ろうと駆けだした深玖里の前に、火狩が野犬たちを追い立ててやってくるのがみえた。

 数は二十はいるだろうか。


「火狩! 塀の向こうへ!」


 大きく飛んだ火狩が塀の向こうに消えるのを確認し、太刀を構える。


(れつ)(ふう)(じん)!」


 三沼のときに使ったのと同じイメージで太刀を振るう。

 あの時よりも大きなつむじ風が巻き起こり、一撃で野犬の群れを倒した。


「アイツの技に匹敵する強さじゃないか」


 塀の上から火狩が感嘆の声をあげた。


「うん、自分でも驚く。でも群れにも楽に対応できるようになって助かったよ」


「深玖里、霧牙がくる。塀の角まで走れ! 野犬の数は俺より多いぞ」


「わかった。火狩、ほかにも群れはいると思う。寺に入れるワケにはいかないから、周辺を探って追い立てて」


 火狩はすぐに駆けていく。

 深玖里も塀沿いを角まで走った。


「霧牙! 身を隠して!」


 霧牙も火狩と同じように塀の向こうへ跳ぶ。

 興奮した野犬の群れに太刀を振るい、つむじ風から逃れた数頭は斬って倒した。


 今のところ、深玖里の見る範囲では寺の敷地に野犬が入り込んだ様子はない。

 寺の中は静まりかえっていて、人の出てくる気配もない。


「深玖里、向こうにアイツがいた。この群れを率いていた妖獣(ようじゅう)を相手にしていたぞ」


 塀を飛び降りて霧牙が田んぼのほうへ目を向けた。

 やっぱり妖獣は櫻龍会(おうりゅうかい)に対応を任せているのか。


 結界は張ってあるし、賢人の攻撃が外へ洩れて誰かが怪我を負うことなどない。

 だから放っておいても構わないけれど、あの武器と技が気になって仕方ない。

 それに、野犬の群れは他にもいるだろう。


「野犬だけはこっちで対応したい。霧牙、詳しい場所、案内して」


 拓けた田んぼの中で賢人が対峙していたのは、大きな灰色の狼だ。

 この辺りはもう刈り取りが済んでいるのは幸いだ。

 危なく収穫前の稲を駄目にしてしまうところだった。


「狼なんて……珍しい妖獣……この辺りじゃ見かけたこともない」


「ああ。今はもう、北のほうか畿内(きない)の山奥にしかいないと思ったが……」


 これまでぼんやりしたイメージしかなかった賢人が、やけに気負った雰囲気なのが気になる。

 僅かに殺気も感じるし、攻撃が三沼(みぬま)で見たときより強い。

 狼に追従するように賢人に飛びかかる野犬たちを、あっという間に倒している。


「霧牙、火狩が寺周辺の野犬を追い込んでいる。こっちに誘導して。一気にたたく」


 霧牙の後ろ姿を見送りながら、カバンから呪符を出す。

 犬たちの鳴き声が近づいてくるのを感じながら、符術(ふじゅつ)を唱える。


(ほう)(ばく)(らい)・刃(じん)(けつ)!」


 投げた呪符が野犬の周りを結界のように囲い、雷撃を落とした。

 太刀での攻撃でも良かったけれど、このほうがやっぱり確実だ。

 雷の音に、賢人と狼が同時に深玖里をみた。

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