第18話 足立郡・三沼の妖獣
十数頭を倒したころ、前を行く火狩の姿が見えて、もう間もなく対岸まできていると気づく。
残りは半数くらいだとしても、残す妖獣の強さがどの程度か、それが心配だ。
大和田のときくらいなら、呪符を交えて戦えば容易に倒せると思うけれど……。
「深玖里!」
どこから入ってきたのか、櫂風が戻ってきた。
「櫂風、どうだった?」
「取りこぼした山犬はいなかった! けど、別の群れが集まって来ていたよ!」
「別の群れ? なにそれ!」
櫂風が沼岸を半周したあたりで、上尾や岩槻の方角から群れが近づいてくるのを感じたという。
「とにかく、数が多そうだし、妖獣もいるみたいだったから、先に知らせにきたの」
「そっか、ありがとう」
どのみち、結界のおかげで入りこめやしないんだから、数が多いのはいいとして、妖獣がいるのは問題だ。
今、この結界の中にもいるというのに。
二ヵ所から東都に向かって上ってきたということは、この三沼で合流するつもりだったんだろうか。
頭は二頭もいらないはずだ。
となると別行動か。
「依頼……別口に出てるかも……」
今、相手にしているのと同じ規模なら、懸賞金は倍額だ。
俄然、やる気が出てくる。
「櫂風、ありがとう。少し休んでて。帰・孤・風!」
櫂風が消えてコロリと転がった木彫りの狐を拾い上げ、カバンにしまうと、また正面から逃れてきた山犬を斬る。
太刀を治めないまま、深玖里は火狩に駆け寄った。
「火狩! 霧牙もこっちに向かっているはずだから、ヤツらをこっちに追い立てたら、すぐに沼岸のあの大木に身を隠して!」
うなずいた火狩が飛び越した山犬たちを倒し、吠えながら向かってくる集団の気配に、目を閉じて太刀を構えなおした。
深呼吸を繰り返し、集中力を高める。
気が満ちたのを感じ、目を開いたと同時に術を唱える。
「烈・風・刃!」
金色に染まった刀身を左から右へと大きく振りぬいた。
さっきよりも強く大きなつむじ風が巻き、深玖里のシャツと髪が風に広がる。
残った山犬たちを一撃で斬り倒した。
一頭だけが高く飛びあがり、風を避けている。
「アイツが妖獣か……」
呪符を出して素早く飛ばす。
「禁・近・縛・壁!」
呪符は妖獣の額に貼りつき、ポッと燃え上がる。
尾賀山の猪と同じように、もんどりうって倒れた。
すぐに次の呪符を手にする。
「令・石・速・弾!」
周囲の石のつぶてが飛んで妖獣に打ち付け、いくつかは目に当たったらしい。
妖獣の悲鳴のような叫びが響いた。
「オラァ! 懸賞金いただき!!!」
太刀で妖獣の喉を斬った。
断末魔が響いたのと、結界の外で遠吠えが響いてきたのが一緒のタイミングだった。
大木の影から飛び出してきた霧牙と火狩が深玖里のもとへ駆けてくる。
「深玖里! 周りを囲まれているぞ!」
「うん、さっき櫂風に周辺を探ってもらった。そうしたら、上尾と岩槻のほうからも群れが来ているって。妖獣もいる」
「本当か……厄介だな」
深玖里はまず、結界を解いてから浮蝶を請負所へと飛ばした。
それから迎え撃つために呪符を確認する。
「あぁ……残り枚数、かなり減っちゃったな……」
「次のヤツらは呪符なしでやるか?」
「深玖里のさっきの太刀使い、あれならば札はなくても大丈夫じゃあないか?」
霧牙と火狩がそういう。
確かに山犬相手ならいけると思う。
ただ、妖獣相手となると、使い慣れた呪符に符術で戦うほうが安全な気がした。
「結界を張るにも、次のヤツらが……」
深玖里の頬を、鋭い風が吹き抜けた。
それは刃のように深玖里の髪をひと房、斬り落とした。
呆然と落ちた髪を見ていると、ヒュウヒュウと風を切る音が近づいてくる。
深玖里は霧牙と火狩を両腕にかかえるように抱くと、そのまま駆けだして沼へ飛び込んだ。
霧牙も火狩も水は得意ではなく、暴れるのを力いっぱい抱きしめた。
数十秒、そうしていてから息苦しさに水面へ顔を出す。
沼岸に茂っていたヨシのほとんどが斬り倒され、遠く田んぼまで見渡せる。
「さっきの風……まさか、駿人と縁?」
沼から飛び出すように上がり、山犬たちの唸り声がするほうへと走った。
そのあいだにも、風が刃のように吹き付けてくる瞬間があり、服のあちこちが裂けた。
「――あれは!」
山犬を相手に戦っていたのは、駿人と縁ではなく、黒髪の賢人だった。