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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
若山 深玖里 其の一

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第13話 新座郡・大和田の山犬

 青い式がもう目前に迫ったとき、強い殺気を感じて深玖里(みくり)は飛びのいて前方から距離を取った。

 ザッと強風が吹き、まだ茂っているヨシやススキが薙ぎ払われた。


 視界が開けた先にみえたのは、式をつけた二頭の犬と駿人(はやと)だ。

 駿人の手には賢人と同じくらい長い柄の武器が握られている。

 ただ、刃が違う。

 駿人の手にしているのは直刃でやけに長い。


 飛びかかろうと高く跳ねた犬を下から勢いよく突き上げて刺し、振り下ろして引いた槍を正面の犬へ真っすぐに突き刺した。

 犬はそう大きくもなく、太ってもいないけれど、二頭をその刃に突き刺してもなお切っ先がみえているのは相当の長さだからか。

 深玖里がみていることに気づいた駿人はかすかに笑う。


「早いじゃあないか。あとは赤だけか……(えにし)の見立てだと赤は妖獣ようじゅうらしい」


「アタシの火狩(かがり)も妖獣がいるって言ってた。向こうの二頭は違ったし、コイツらも違うから、残ったヤツがそうだね」


 駿人の目が火狩を捕えた。

 その目は優しそうに見えるのに、火狩は深玖里の膝にぴったりとくっついてくる。

 つと火狩をみると、尻尾が下がっていた。


(――警戒している?)


「縁と深玖里ちゃんの結界があるから出られないとはいえ、川向こうに渡られると面倒だな」


「そのまえに倒せば問題ないでしょ? まだ姿はみえないけど、あそこにいるのはわかってるんだから」


「我を倒す? 愚かなことを……」


 深玖里の背後から声がして、手早く太刀を抜いて構えた。

 刈り取られた草と、伸びた草のちょうど境界に大きな山犬が腰をおろしている。

 つい今しがたまで駿人の向こう側にいたのに、いつの間に……。


「深玖里、あいつは以前、長船山(おさふねやま)にいたヤツだ。だいぶデカくなっているが、間違いない」


「火狩、しってるの?」


(ぬし)だったのか?」


 うなずく火狩に駿人は小声で聞いた。


「いや……あそこの主は、昔も今も妖狐(ようこ)だ」


「ふうん。じゃあ、負けて山をおろされた、ってところか……」


 駿人の『負けて』の言葉に妖獣が反応した。

 威嚇するように大きく吠えると、ザッと草むらに逃げ込んだ。

 深玖里と火狩が追おうと走り出した瞬間、駿人の横から襲い掛かってきた。


「――っ! 素早い!」


 深玖里が戻ろうとする間に、駿人は手にした槍を逆手に持ち、石突(いしづき)で山犬の腹を突いた。

 ギャンと大きく声を上げて吹き飛ばされた山犬を追って茂みに入った駿人を、深玖里も急いで追いかける。

 また、殺気が満ちて、深玖里は火狩を抱きかかえると後ろに飛びのいた。


 強風で一帯の草が薙ぎ倒されたのをみて、やっと気づいた。

 駿人が円を描くように槍を振るたび、風が巻き上がり周囲の草木を切り倒している。

 深玖里が使う符術の風刃(ふうじん)みたいなものか。


「深玖里……あいつは一体なんなんだ?」


「駿人? 櫻龍会(おうりゅうかい)のヤツだよ。駿人がどうかした?」


「なんか……変だぞ? 嫌な気持ちになる」


 火狩は妙に警戒している。

 確かに妙だとは思うけれど、それは単に符術師(ふじゅつし)、あるいは呪術師(じゅじゅつし)武術家(ぶじゅつか)だからだと思っていた。

 賢人の武器は奇妙だったけれど、駿人の武器は槍だ。

 深玖里がしらないだけで、この世にはまだまだ見たことのない武器もあるだろう。


 旅を続けてきたといっても、深玖里はまだ東山道(とうさんどう)東海道(とうかいどう)の一部しか回っていない。

 西海道(さいかいどう)南海道(なんかいどう)のような遠い場所になにがあるかさえしらない。


「とにかく、あいつを見ていると嫌な気配がする。用心しておけ」


「……火狩がそういうなら、気をつける」


 ピッと深玖里の頬になにかが飛んできた。

 手のひらで拭うと、血だ。


「駿人!」


 左のこめかみのあたりを爪で裂かれたのか、そこだけ髪も短くなっている。

 カバンから呪符(じゅふ)を二枚出し、一枚を咄嗟に駿人へ向けて投げる。


()(こう)(ぼう)!」


 すぐにもう一枚を山犬へ向けて飛ばす。


(すい)! ()! 水刃(すいじん)!」


 駿人へは周囲の草花で防御の盾を、山犬へは川の水を利用して水の刃を向けた。

 火狩に気を取られ、ぼんやりしていたせいで、狙いを定めないままだった。

 水流は山犬の尾を切っただけだ。


「――しまった!」


 山犬は土手へと視線を移して走り出した。

 その先にいるのは、縁だ。

 縁が危ない!


「縁――!」


 駆けだそうとした深玖里の手首を、駿人がつかんだ。


「大丈夫……そのまま見てな」


「だって! 縁はあんな格好で――!」


「大丈夫だから」


 駿人はこめかみから流れる血を拭い、自分のカバンから薬を出して塗り込むと、縁のほうを見つめた。

 山犬は猛スピードのまま縁に飛びかかった。

 スッと腰を屈めた縁は、腰もとに当てた手を大きく前方に振りぬいた。

 次の瞬間、山犬の妖獣は、胴のあたりで真っ二つになり、ドサリと河原に落ちた。


「なに? 今の……」


「だから大丈夫だっていったろ?」


 ピンと背を正した縁はまた腰もとに手を戻し、こちらに手を振る。

 駿人と二人、駆け寄った。


「縁! 今あんた、なにをしたの?」


「えっと……こ、こっちに来たから処理を……」


 さっきは気づかなかったけれど、縁の腰には刀を帯刀している。

 これで斬ったとしても、あんなに奇麗に真っ二つにできるのは、相当な腕前のはずだ。

 深玖里でも、あの一瞬ではあそこまで奇麗に斬れないと思う。


「縁は符術も使うけれど、剣術の腕もいいんだよ。ビビりのくせにな」


「ビビりのくせにって」


 今度こそ深玖里は笑いが堪えきれず、大笑いしてしまった。


「こんな強いんだったら、チンピラなんてどうにでもできるでしょ?」


「な、なに言ってるの。人と妖獣たちは、ち、違うじゃあないか」


「そりゃあそうだけどさ」


「深玖里さん、結界、と、解いてくれる? ボクも解かなきゃいけないから」


 縁に促されて結界を解き、縁が請負所に式を送っているあいだに、封印と幻の術で得物を隠した。

 術の在りかたも太刀筋も全然違うのに、深玖里は縁が自分と同じタイプの使い手だとわかった。

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