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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
若山 深玖里 其の一
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第11話 新座郡・平林寺

 翌朝、深玖里(みくり)は八王子から府中方面へ移動した。

 大きな山はないけれど、あまり上ると荏原郡(えばらぐん)に入ってしまいそうな気がしたから、そこから新座郡(にいざぐん)へ向かった。

 荏原に入って、また翔太たちと出会っても面倒だ。


 大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)を通り過ぎ、畑の広がる中を歩き、古戦場(こせんじょう)を抜けて新座に入る。

 平林寺(へいりんじ)の近くまできたあたりで、宿を取って休むことにした。

 窓の外には平林寺の竹林が見渡せる。

 さわさわと風が抜けて、揺れる竹を眺めていた。


「この辺りは平地だから、獣の被害は少ないんですか?」


 夕飯の給仕にきてくれた仲居さんに聞いてみた。

 仲居さんは身を乗りだすようにして深玖里に近づくと、声をひそめた。


「獣はね、前はいなかったの。妖獣もね、この辺は被害がほとんどなくて……」


 ただ、最近はどこからか、狼のような山犬のような、獣とも妖獣(ようじゅう)とも判断がつかないものが出るという。

 近くの牛飼いや養鶏をしている農場が、だいぶ被害にあったらしい。


「それでね、困った人たちが櫻龍会(おうりゅうかい)に依頼をだしたそうよ」


「へえ……じゃあ、請負所に行ったら依頼書、出てるのかな?」


「お客さん、退治屋さん?」


「ん……そんなもんかな……請負所って近くですか?」


「まだ若いのに偉いのねぇ……請負所は宿の裏なんですよ」


「アタシ、ちょっと先に請負所に行ってみる。ご飯、このまま置いてもらってもいいですか?」


 仲居さんがうなずくや否や、すぐに深玖里は宿を飛び出した。

 急がなければ、誰かが請け負ってしまうかもしれない。

 請負所に駆け込むと、依頼書は一枚しか貼っていなかった。

 早速、それに手を伸ばすと、同じように伸びた手とぶつかった。


「ちょっと! これはアタシが先に……」


 手の主に目を向けると、駿人(はやと)(えにし)だった。


「奇遇。また会うとは思ったけど、こんなに早くとは思わなかったな」


 駿人の手がピッと依頼書を剥がしてしまった。

 抗議しようとした深玖里の額に、駿人は依頼書を押し付けてくる。


「こいつ、ちょっと面倒なヤツらしいんだよ。頭数がいるけれど額も大きい。良かったらオレたちと組まないか?」


「……一緒にこなそうってこと?」


「そう。懸賞金は折半でどう?」


 三等分じゃあなくて折半……?

 深玖里には有利な条件だけれど……。


「あんたたち、損じゃない? なんか裏がありそう」


「そ……そんな……裏なんてないよ……ただ、この辺りは人が多いだろう? け、け、結界は強く張っておきたいんだよ」


「縁は自分の結界だけじゃあ不安なんだってさ」


 仮にも櫻龍会に所属していて、きっとそれなりに力もあるだろうはずなのに、不安だなんて。


「縁、石橋を叩いて壊すようなヤツだから」


 駿人は苦笑してそういう。

 正直、一人でも十分に渡り合う自信はあるけれど、駿人の戦いぶりを見てみたい衝動にかられて、ついうなずいてしまった。


 白髪の男……優人とかいった、あの男が金狐を倒した強さ。

 駿人が兄弟ならば、同じような力を持っているかもしれない。

 それを間近で見てみたかった。


「いいよ。わかった。折半の約束、忘れないでよね」


「あ……ありがとう。助かるよ……」


 縁はホ~っと大きなため息をこぼした。

 ホントにビビりなんだと思って笑いそうになるのを、深玖里は必死で噛み殺した。

 きっと縁は本気で深玖里が一緒に依頼を請けることを、助かると思ってくれているだろうから、笑うのは悪い。

 三人で依頼の詳細を聞いてから、仕事の流れを決めた。


「じゃあ、時間は今夜、日付が変わるとき、でいいのね?」


「ああ。待ち合わせは平林寺の総門前だ」


「でっ……出るのは野火止(のびどめ)から菅沢(すがさわ)のあたりが多いっていうけど、最近は大和田(おおわだ)にも出るって」


「広いね……どうする?」


 縁が少し考える仕草を見せてから「ボクがあらかじめ探って()()()をつけておく」といった。

 駿人はそんな縁を目を細めて見つめている。

 信頼し合っているのを感じた。


「幸い、今夜は満月だ。深夜といってもそこそこに明かりはある。全部で五頭いるけれど、一頭たりとも逃がさないようにするぞ」


 駿人の言葉に縁と二人で大きくうなずいた。

 一頭でも逃がしてしまったら、近隣の被害はなくならない。

 そうなると、たとえ四頭倒したとしても、この依頼は失敗したのと同じだ。


「じゃあ、アタシは悪いけど時間まで少し寝るよ。遅れることは絶対にないから、また後でね」


 急いで宿へ戻って食事を済ませると、深玖里はそのまま眠りについた。

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