第10話 多摩郡・金髪の男
本当は都築郡を抜けて荏原郡を通り、先へ進むほうが早いはずだった。
ただ、平地よりも山のほうが依頼が多い気がして、多摩へと入った。
小佛から八王子に抜けるまでに、できれば大物で稼ぎたい。
相模と隣接している山には、そこそこ高額のヤツが多いのは、旅の初めに認識している。
ただ、このあたりだと大きな獣ばかりだ。
高額になるような妖獣や妖は、もっと大きな仙丸山や檜岳のほうに行かないと出ない。
それでもいないよりはマシで、深玖里は熊や猪に当たりをつけて数頭倒し、近くの村で請負所を尋ねた。
壁に貼られた中に、さっき倒した獣がいるのを確認して依頼書を取った。
倒したのは五体、依頼は六枚出ていた。
「一匹、逃しちゃったか……」
依頼書を剥がして受付をしていると、金髪の男と気の弱そうな挙動不審の男の二人組が入ってきた。
稀に武蔵国や相模国、上総国など海沿いの街や村で金髪や赤茶けた髪の異国人を見ることはあるけれど、こんなに間近で、しかも和国の人間でみるのは初めてだ。
先に倒しても懸賞金は出るようで、ホッとしながら受け取ると、二人の横を通り抜けて扉を押し開けた。
不意に耳に『妖獣』と聞こえた気がして振り返ると、金髪の男と目が合う。
すぐに逸らしたものの、深玖里は思わず二度見してしまった。
(白髪と黒髪の男に似てる――)
「ん? どうかした?」
ジッとみつめたせいか、金髪の男がそういった。
慌てて顔の前で手を振って「なんでもないです」と答えた。
「ただ……つい最近、似た人をみたから……」
「なに色?」
「へっ……? あ……白と黒……」
なに色、なんて聞きかたをされるとは思わなかったけれど、咄嗟に髪の色で返したのは、妙に印象に残っているから。
それが正解だったようだ。
金髪の男は「ユウとケンか」といって、ハハッと笑った。
「オレは駿人っていうの。オレたち兄弟なんだよ。もう一人、茶色がいるんだ」
「へぇ……兄弟だったんだ? どうりで似ていると思った」
「ヤツら、二人だった?」
「ううん。内村翔太と三人でいたけど」
駿人は軽く舌打ちをして、なにかつぶやいた。
ケンのヤツ……と聞こえた気がした。
「ところでキミ、依頼五件もこなしたの?」
「……まあね」
「ふうん……なかなかやるんだね」
駿人がなにかを言いかけたとき、挙動不審の男が駿人の袖を引っ張った。
「あ、あまり引き留めていたら迷惑だよ……はっ駿人がごめんなさい」
「別に構わないけど……アンタ、どうしたの? なんか大丈夫? 具合でも悪いの?」
「あー、気にしないでいいよ。コイツ、ビビりなの」
駿人は挙動不審の男を、『東家 縁』だと紹介してくれた。
「びっ……ビビりなんじゃないよ!」
「ビビりじゃん。あのね、コイツ、オレの髪が金髪なもんだから、チンピラに絡まれるに違いないって、いつもビビってんの」
駿人が笑い、縁は苦虫を噛みつぶしたような顔で「だって……だって」とつぶやいている。
こんな仕事をしていながら、チンピラごときにビビるとは。
「でも、なんかわかるかも。だって黒いほう……賢人だっけ? チンピラにボコされてたもん」
深玖里がそういうと、縁は「ひえ~っ! ほほほ……ほら、やっぱり!」などといって、駿人の袖を揺すっている。
その姿に思わず深玖里は両手で口を覆って笑いをこらえた。
「~~~っ! ボクは平穏に過ごしていたかったのに、なんで駿人と協働になっちゃったんだ~~~!」
「……オレは絡まれないよ。平穏に過ごしてるだろ?」
「きっ……キミ、キミも櫻龍会だよね? ボクと代わらない?」
縁は深玖里に震える声で訴えてくる。
櫻龍会は、妖獣や獣に懸賞金を出している機関の名前だ。
「アタシ違うよ。ただの登録員だから」
「ううっ……賞金稼ぎか……」
縁は駿人の腕に顔を埋めて嘆いている。
どんだけビビりなんだか……。
「なんかごめんね、変でしょ、コイツ」
困り顔の駿人に、深玖里は首を振ってみせた。
「二人は櫻龍会なんだ? ってことは内村翔太たちも櫻龍会なの?」
「そう。オレたちみんなずっとお世話になってるんだよ。ところでキミ、登録員っていうけど名前はなんていうの?」
「若山深玖里だよ」
「ふうん……歳は聞いてもいいのかな? 登録員になって長いの?」
「二十一だよ……十六で旅に出てすぐ登録して、もう五年になるの」
「ずっと一人旅? なんで賞金稼ぎなんかしてるの?」
「ん……どうしてもお金が必要なのと、人を探しているんだ」
駿人は深玖里を品定めするようにして眺めみて、櫻龍会に入ればいいのに、といった。
そのほうが旅をしやすいし、請負所で出ている以外の案件も受けられるようになるという。
「妖獣が多くなるけど……単価が上がるよ」
稼げるようになるのはありがたいけれど、所属することで自由がなくなりそうな気がする。
それに、縁のようなビビりと組まされることになったら、それはまた厄介だ。
どうあっても、助けたい人たちと、探したい人もいる。
「いつか、入りたいと思ったら入るかもしれないけど……今は人探しもあるし、アタシは遠慮しておく」
「そうか……それは残念……っと、いけね。引き留めてごめんね。じゃあ、また」
駿人はグズる縁を引っ張って受付カウンターに向かっていく。
さっき言っていた、請負所に出ている以外の案件とやらを受けるのだろうか。
懸賞金の額が気になったけれど、深玖里は請負所をあとにした。