第9話 相模・出国
フラフラになって山をおりてくると、その足でそのまま請負所へ行き、依頼終了の申請をして結果確認を待った。
浮蝶で先に知らせてあったから確認は早く、支払われた懸賞金を手に急いで宿へ向かう。
「まぶしい……眠い……」
まだ日の高い時間だけれど、起きた時間が早すぎて睡魔に襲われ倒れそうだ。
女将に迎えられて部屋へと戻ると、深玖里はまず先に湯を浴びてから布団へと倒れ込んだ。
――疲れたときに見る夢は最悪だ。
夢を夢と認識しながら、いつもそう思っている。
判で押したように同じ内容の夢だからかもしれない。
――ああ……嫌だ。
――ああ……もう本当に嫌だ。
そう思いながらも、決して変えられないから。
そして最後に、ドッ、と刀で胸を刺されたような痛みに襲われて目が覚める。
夢か現実かがわからなくなるくらい、早鐘のように心臓が鳴り、全身の震えが止まらない。
布団から出るともう外は夕暮れの色に変わり、街を行き交う人のざわめきが聞こえてくる。
汗が全身をしっとりと濡らしていて、深玖里はまた湯浴みに出かけた。
この宿専用の露天風呂もあるけれど、裏手から川沿いに向かって椿の生垣で小路があり、外湯に続いている。
にごり湯で傷や打ち身に効能があって、混浴だけれど外からはみえないように柵でしっかり囲われていた。
水流の音がさっきの嫌な夢も流してくれそうで、外湯へやってきた。
幸いなことに誰もいない。
湯に浸かり岩縁に頭を乗せて、茜色に染まる空を仰いだ。
半分青く染まる空に、赤やオレンジに染まったイワシ雲が広がっている。
ぼんやりとそれを眺めているうちに、またあの金狐を思い出す。
「稼がなきゃ……このあと、先ずは武蔵国の多摩郡へ行こう……」
目的地に着くまでに、可能なかぎり稼がなくては。
考えながら髪を洗って部屋に戻った。
今夜は早めに休んで、明日の朝は早いうちに出かけよう。
運ばれてきた夕飯を平らげ、窓から街道を眺めていた。
ワイワイと賑やかな話し声が聞こえてきて、深玖里はそっと身をひそめて声の主を探す。
「……あいつだ」
請負所で会った、内村翔太といったっけ。
賑やかしい男だな……と思いながら少し後ろを歩く仲間らしい人影に目を向ける。
「――!!!」
思わず身を乗りだした。
内村翔太と一緒にいるのは甲斐の山で会った白髪の男と、昨日チンピラに絡まれていた黒髪の男だ。
「……仲間だったんだ」
となると、あの金孤の懸賞金は三人で山分けか?
ギリギリと歯ぎしりをしながら睨む視線を感じたのか、三人が立ち止まって周囲に視線を巡らせた。
(まずい! 見つかる!)
サッと窓から離れ、息を潜めた。
開いた窓から声だけが聞こえてくる。
「あれー? 今、誰かに見られているような気がしたんだけどなぁ……」
「ああ。確かに俺も感じた」
「誰だろう? 可愛い子かな? 俺に告白しようとしているとかさ!」
「翔太……おまえは本当に……」
馬鹿な会話が聞こえてきて、深玖里は顔をしかめた。
「ケン、昨日また絡まれたって言っていたよな? まさかそいつらじゃあないだろうな?」
「さあ……どうかな……」
昨日の出来の悪いチンピラたちと間違われるのは心外だ。
そっと窓から目を出して様子を窺ってみる。
「またケント? 絡まれすぎじゃあない?」
「仕返しに現れたら面倒だぞ」
「でもあれは、おれのところに来るっていうより……」
黒髪の男の視線が深玖里に向き、一瞬、視線があった。
また慌てて顔を引っ込める。
三人はあれこれと話しを続けながら、だんだんと遠ざかっていく。
これから宿に戻るんだろうか。
というか……まさかあの三人が仲間だとは思わなかった。
別々に行動していたようだけれど、みんな符術師なんだろうか?
三人がそろっているところに、できれば遭遇したくない。
「寝よう。寝て明日は明るくなる前にここを発とう」
深玖里は急いで女将のところへ行き、早朝に発つことを伝えて朝食を断り、変わりに弁当を頼んだ。
宿代は先に支払いを済ませ、早々に床についた。
――翌朝――
まだ暗いうちに起きだして、用意してもらった弁当をカバンに詰めると、早足で街道を歩く。
街はずれに来たところで、後ろから深玖里を呼ぶ大きな声が追ってきた。
「深玖里ちゃーん! 待って待って!」
大きく肩を落としてから振り返った。
追ってきたのは翔太だ。
後ろには白髪の男も黒髪の男もいる。
「静かにしなさいよ! 今、何時だと思っているのよ!」
「あー、えっと三時半だねぇ」
「まだみんな眠っている時間じゃあないの。そんな大声張りあげて」
「ごめーん。だって姿がみえたからさ、嬉しくなっちゃって。昨日は会えなかったし。デートしようって約束したのに」
「アタシはそんな約束してないわよ」
くるりと向きを変え、早足で街の出口へと歩く。
小走りで追ってくる翔太は、そんな深玖里の言葉をまるで無視して次々に話しかけてくる。
「ね、ね、次はどこの街に行くの?」
「関係ないでしょ」
「俺たちはね、次は武蔵の荏原郡」
「あっそ」
「深玖里ちゃんは? 同じならさ、一緒に行こうよ。あ、あっちはね、優人と賢人。白髪のほうが優人でね、黒髪のほうが賢人」
チラリと二人に目を向けると、二人の視線も深玖里に向く。
どちらも深玖里を覚えていないのか、まるっきり無反応だ。
若干、イラっとする。
街道の分かれ道で、深玖里は翔太と反対に歩き出した。
「あれ? 深玖里ちゃん、荏原郡はこっちだよ?」
「誰が荏原郡に行くっていったのよ。アタシは多摩郡に行くの!」
「えーっ! じゃあ、ここでお別れじゃん……でも縁があればきっと、また会えるよね。多摩と荏原じゃ行き先が違うけど、きっとまた会えるって俺は信じているから」
やけにしおらしいことを言いつつも、ムカつく決め顔で、その手はしっかりと深玖里の手を握ってきた。
それを力いっぱい振りほどく。
「縁なんかないわよ!」
「そんなことないよ! 次に会ったらさ、そのときは本当にデートしようね」
――まだいってる。
浮足立って荏原への道を歩き出した翔太は、深玖里に大きく両手を振る。
白髪の男と黒髪の男は、深玖里に軽く会釈をしてから翔太のあとを追いかけていった。