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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
若山 深玖里 其の一
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第8話 相模・尾賀山の猪

 深玖里(みくり)はまだ暗いうちに宿を出た。

 山間の街だけに、陽が昇る前は肌寒さを感じる。

 地図は置いてきた。

 全部、頭の中に叩き込んであるから。


 たすき掛けにさげたカバンから呪符(じゅふ)を四枚出す。

 目を閉じて符の裏を指でなぞった。


(きん)(ばく)(しゅ)(けつ)!」


 空へ向けて符を投げる。


「結界!」


 四枚の呪符は空を舞い、四方に飛び散った。

 獣や妖獣を退治するときに、邪魔や人が紛れ込まないように、符術(ふじゅつ)で結界を張る。

 (まれ)にすでに結界の中に人がいることがある。

 しばらく様子をみて、人の気配を感じないと確認してから動き出した。


 地図上に請負所の女性が書いてくれた小さな円の中心あたりまでくると、もう一度、呪符を出して指でなぞり、今度は前方に向けて放った。


浮蝶(うきちょう)(さく)!」


 (ふだ)が蝶に変わり、ゆらゆらと漂いながら木々のあいだを抜けていく。

 途中でポッと火がついて燃えた。


「やっぱり……結界のあとがある」


 昨日、深玖里が猪を探して歩きまわっていたあいだに、この近辺で誰か……たぶん翔太が仕事をしていたんだろう。

 結界があることに気づきもせず、ウロウロしていた自分を情けなく思った。


「もう……もっと早く気づいていたら、無駄に歩かなくて済んだのにさ!」


 つい、愚痴がこぼれる。

 歩きながら思い出すのは、やっぱりあの金狐(きんぎつね)のことだ。

 呪符をもっとうまく使えていたらと、何度となく考えてしまう。


 ブルブルと頭を振って思いを蹴散らす。

 カバンの中から、どんぐりほどの大きさの、木彫りの狐を出して大きく上に投げた。


(らい)()(ふう)! 縁炎(えんえん)!」


 空中で木彫りの人形からクルリと狐が現れた。

 深玖里の使い魔である妖狐の縁炎だ。


「縁炎、このあたりに出る猪を倒すんだ。今、どこにいるか探れる?」


「久しぶりに出てきて探索ぅ~? 遊ぶのかと思ったのに」


「あとで遊ぼ。先に稼がないとだから、ね?」


「わかったよ。急いで探してくるけど、深玖里も自分でも探してよ?」


 縁炎はそういうと、尾を振って山の奥へと消えていった。

 深玖里もゆっくりと、あたりをみながら進む。

 パキリと小枝の折れる音が後ろから聞こえ、バッと振り返る。


「……なにもない」


 結界の外をなにかが通ったんだろう。

 獣の気配を手繰ろうと、深玖里はまた歩き出した。

 今度はカサリと枯葉を踏む音がする。


「誰か……いる?」


 結界が破られない限りは、誰も入ってこれないとはいえ、近くに誰かがいるかもしれない、というのは嫌な気分だ。

 さっさと猪を退治して帰りたい。

 深玖里はカバンの中から、もう一つ木彫りの狐を出して投げた。


「来・狐・風! 夢孤(むこ)!」


 縁炎と同じ使い魔だ。


「夢孤、縁炎にも頼んだんだけど、猪を探しているんだ」


「縁炎が出ているならオレはいらないじゃないか」


「山に人が入り込んでいるみたいで、早く倒したい。探してくれる?」


「深玖里の結界が破られるとは思えないけど……まあ、いいよ。探してくる」


 わざとらしく大きなため息をついて、夢孤も木々の中を駆けていった。

 縁炎と夢孤が向かったのとは違う方向へ足を進める。


 しばらく探していると、狐の細い声が響いてきた。

 声のする方へと走り出した深玖里は、正面から地響きが聞こえて足を止め、太刀を抜いた。

 茂みの向こうから現れたのは、二メートルを超えてみえる猪だ。


「うは……! デカい!」


 駆けてくる勢いから、正面で相対するのは危なそうだ。

 後ろには縁炎と夢孤が猪を追い立てるようにして走ってくる。

 カバンから呪符を出し、スッと一回、札の背を撫でた。


(きん)(きん)(ばく)(へき)!」


 ギリギリまで引き付けてから(しゅ)を唱え、猪の額をめがけて呪符を投げた。

 それと同時に横へと飛び退く。

 ピンで刺したように猪に張り付いた呪符は、ポッと燃え上がる。

 猪は壁に激突したかのように、もんどりうって倒れた。


「来た来たーっ! 二桁ちゃん、いただき!」


 四肢を突っ張って金縛りにあっている猪の腹をめがけ、太刀で斬りつけた。

 山じゅうに聞こえそうなほどの咆哮をあげた猪は、腹を裂かれて息絶える。


「やったね、深玖里」


「さすが、素早いな」


 縁炎と夢孤に褒められて、深玖里はちょっとだけ鼻高々になりながら、まずは猪の牙を折った。

 二枚の呪符を出し、一枚は浮蝶にして請負所へと飛ばす。


(ふう)(げん)(おん)……」


 もう一枚で、封印と(まぼろし)の術を仕掛ける。

 こうしておくと、請負所からの確認がくるまで得物を他者から隠せるからだ。


「縁炎、夢孤、あいつの腹……みた?」


 どちらも深玖里の問いにうなずく。


「ただの猪で二桁出てるなんて珍しいと思ったんだよね」


「二桁だったのね? 確かに珍しいけどぉ……」


「ありゃあ、放っておいたら妖獣になっていたなぁ……」


 猪の割いた腹からは、たくさんの髪の毛がこぼれていた。

 いうまでもなく、人を喰らっていたとわかる。


「あーやだやだ。あんたたちは、そういうの、やめてよね」


「やめてはコッチのセリフ」


「そうそう。オレたちは人なんざ食わねえよ」


 深玖里は人差し指と中指を立て、唇に触れた。


解符(かいふ)!」


 深玖里を中心に風が巻き、結界が解かれる。

 こうしておかないと、請負所の確認が入れないからだ。


「さて……と。縁炎、街に戻ったら、なにして遊ぶ?」


「えー……いっぱい走って疲れちゃったもん。遊ぶのはまた今度」


 そういうと思った。

 まったく、(あやかし)は気まぐれだ。


「そっか。じゃあ、今日はおしまい。また今度ね」


 縁炎と夢孤に向かい「()()(ふう)!」と唱える。

 二匹の姿が霧のように白くなって立ち消えると、コロリと木彫りの狐が二体転がった。

 それを拾い上げて丁寧にカバンにしまうと、深玖里は山をおりた。

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