第6話 相模・黒髪の男
「金目のものは、なにも持ってねえな」
「こいつはなんだ?」
「あっ、それは――」
「なんだこりゃ? 武器か?」
絡まれているのはボサボサの黒髪の男で、いかにも絡んでください、と言わんばかりの鈍臭い雰囲気だ。
手荷物の中身をぶちまけられ、手にしていた細長い包みを奪われている。中の一人がそれを開く。
(なに? あれ……)
出てきたのは槍のような武器らしき棒で柄の部分が長い。
けれど刃は槍とは違う。
薙刀にも似てなくはないが、両刃造りで鎌かと思うほど反っている。
中心は黒に近い銀色なのに、刃紋は真っ白だ。
「見たことがねえな、けど、なにもないよりゃマシか?」
「鉄くずよりは金になるんじゃないか?」
チンピラたちが武器を手に、あれこれ言い合っているその隙に、黒髪の男は散らばったものの中から、なにかを拾ってポケットに忍ばせた。
大切なものでもあったのだろうか?
「おい。本当にもう、なにも持ってねえのか?」
チンピラたちが凄む。
「いやあ……本当になにも……持ちものの中で価値のあるものといったら、その武器くらいなもので……」
ははは、と苦笑いをした黒髪の男の服は土埃にまみれ、顔は殴られた痕もある。
深玖理はそんな姿を見てイライラした。
あんなへんてこりんでも武器は武器。
持っているということは、なにかしらの武術をたしなんでいるはずだ。
それなのに、あんな図体がデカイばかりの奴らに、なぜ、へつらっているのか。
多少なりとも腕に覚えがあるなら、やり返してしまえばいいのに。
「チッ。親方たちは昨日から戻って来ねえし、最近じゃ、おかしな獣が出るって噂で往来もねえし、実入りがねえから、ろくに酒も飲めやしねえ」
「やっとカモが通ったと思ったら、とんだハズレを掴まされたぜ」
愚痴をこぼしては、ドカドカと黒髪の男をなぶり、愉快そうに高笑いをあげる。
蹴られながらも一緒になって卑屈に笑っているのを見て、苛立ちが頂点に達した。
ひとしきり男をいたぶって満足したチンピラたちが、街へ戻ろうと歩き出したその目の前に、深玖理は立ち塞がった。
「なんだ? てめえ」
「そいつを返してやんなよ」
「おいおい、お譲ちゃん、まるで俺たちがこいつを奪い取ったようなことを言うねえ」
「そうそう、俺たちゃあこいつを奴から譲ってもらったんだぜ?」
近寄ってきた一人が肩に触れようとした手を、深玖理は思い切り払いのけた。
「気安く触るな」
「このガキ! 女だと思って下手に出てりゃあ、やってくれるじゃねえか!」
掴みかかってきた腕を屈んで避け、空いた鳩尾に太刀の柄を喰らわせてやる。
カハッと息を吐いてくの字に背を曲げたチンピラの首根っこに、目いっぱいの力を込めて肘を振り下ろした。
くぐもったうめき声をあげて崩れ落ちた背を踏みつけて、ほかの連中を眺め見た。
「別にアタシ、下手に出てくれなんて頼んじゃいないけど?」
「上等だ! だったら望み通り容赦はしねえ!」
興奮したチンピラの一人が、口角に泡を吹いて叫んだのを合図に、深玖理に向かって一斉に飛びかかってきた。
次々にチンピラたちの攻撃をかわして殴り、投げ飛ばした。
「てんで手応えがなかったじゃない。つまんないの」
一番最初に倒した奴の背に腰を下ろし、深玖理はざっと視線を巡らせた。
地面にへたり込んだままの黒髪の男は、呆然として倒れたチンピラを眺めている。
「なあんだ、七人もいたんだ」
どいつもこいつも口ばかりで弱かった。
一人が匕首を抜いたときは少し驚いたけれど、これもまるで使いこなせていなくて、太刀を抜くまでもなかった。
「ホラ、これ」
放り投げられた槍のような武器を拾いあげ、黒髪の男に差し出すと、大きなため息をついてノロノロと受け取った。
「あんたもさあ、こんなモン持ってるくらいなんだから多少はできるんでしょ? こんなヤツらにボコられてヘラヘラしてんじゃないわよ」
「……余計なことをしてくれた」
「余計なこと? あんた馬鹿なの? こんないいものを持ってかれちゃうところだったのよ?」
「こんな真似をして、逆恨みされるだけだ」
「フン。こんなヤツらが恨みを持ったところで、なにもできやしないわよ」
「……それに……持って行かれたって……持たせてやれば満足させられるし、どうせこいつはおれの手もとに……」
黒髪の男は消え入りそうな声で呟く。
あんまり声が小さくて、言葉が途切れ途切れにしか聞こえない。
最後に、問題なかったのに、と聞こえた。
うーっと頭を掻きむしりたくなるほどイライラする。
「なんだってのよ! 助けてやったってのにさ、持ってかれたら売っ払われて終わりでしょ! なにが問題ないのよ!」
立ちあがった男は意外に上背が高くて、軽く頭二個分は深玖里の背を越している。いや、それ以上かもしれない。
乱れた前髪から覗く目は、決して深玖里を見ようとはしない。
「おれは別に助けてくれと頼んだ覚えはない。何事も腕力に訴えればいいってものじゃないだろ」
「そんなことはわかってるわ! アタシだって相手は選んでるわよ!」
「それに……揉めごとにすぐに首を突っ込みたがるのも良くないと思う」
たしなめる物言いに、顔が熱くなり言葉に詰まる。
野次馬根性丸出しで様子を窺っていたのを、見透かされた気がした。
違う、そんなんじゃないと胸を張って言えないし、正義感からこの男を助けてやろうと思って、チンピラたちを倒したわけでもない。
「勝手に手出しして悪かったわね! 次からは見ないふりをすればいいんでしょ!」
「いや……でもまあ、手間は省けたし……あれ以上絡まれてたら困ることにもなったから……ありがとう」