第5話 相模国・請負所
そう大きくはない街だけれど、四方を山に囲われているせいか、そこそこに依頼が出ていた。
カウンターの横にある壁に、大小さまざまな獣や妖しの退治依頼書が十数枚貼りつけられている。
(どうせなら、できるだけ高いヤツを……っと……)
一番上に高額の依頼を見つけ、背伸びをして手を伸ばした。
依頼書に触れる寸前のところで、後ろから伸びた手が先にピッと剥がしてしまった。
「あっ! なにすんのよ! それはアタシが――!」
背後にいたのはひょろりと背の高い若い男だ。
こちらを見おろすとフッと微笑む。
穴が開くんじゃないかと思うくらい見つめられ、たじろいでしまう。
「な……なによ?」
「うん、そうだなあ」
ずい、と身を寄せられ、驚いて身を引く。
人の出入りでドアが開くたび、薄茶色の髪が風になびいている。
後ろは壁で逃げようがなく、ギリギリまで近づいた男は、肩の高さに貼ってある依頼書をなにやらぶつぶつ言いながら選び、その中から数枚を剥ぎ取った。
ようやく離れてくれた男と、改めて向きあう。
ごく普通の健康的な肌、眉は細く手入れをされていて、髪は癖があるのか緩い巻き髪だ。
少し垂れさがった目はとても優しそうで、口もとは常に笑みをたたえているのに、厭らしさを感じさせない。
男は自分の取った依頼書と、今取ったばかりの数枚の依頼書を見比べ、数の多いほうを渡してきた。
「キミみたいな子に大物は厳しいよ。そんな太刀を持ってるくらいだから、腕に覚えはあるんだろうけど、無理をしちゃ駄目だね」
「無理なんかしてないわよ!」
「だってそれ。怪我はまだちゃんと治っていないんでしょ?」
太ももを指さされ慌てて隠した。
男は柔らかな雰囲気のままでニッコリ笑う。
「女の子がわざわざ危険な目に合うことはないんだから。今渡したのは小物ばかりだけど、賞金は合わせると、こいつと一緒」
男はヒラヒラと先に取った依頼書を振るとカウンターへ行き、請負の手続きを手早く済ませてしまった。
そのあいだにも受付の女性を口説き、手を握ったりしている。
受付の女性は慣れたもので、受け流すのもうまい。
(ナンパなヤツ……)
と思いながら呆れて見入っていると、急にこちらを振り返ったので慌てて目を反らした。
「それに、キミは一人なんでしょ? できるだけ安全に稼げるほうを選ぶのがいいと思うよ。頑張って、きっとうまくやれるからさ」
「あんたになにがわかるのよっ!」
「おっと」
見くだすような言いかたに、悔しくて一発でもひっぱたいてやろうと振った手は、男の鼻先で空を切った。
軽くかわされたのがまた癪にさわる。
「元気いいなあ。俺、元気な子も大好きなんだよね。ね、ね、依頼から戻ったらさ、俺とデートしようよ」
「はあ? なんでアタシがあんたとデートなんかしなきゃいけないのよ!」
「だってさ~、キミ可愛いもん。俺、可愛い子、大好き。そうだ、名前教えてよ。俺、ウチムラショウタ、内村翔太。ね」
カウンターの端に備え付けられたメモに名前を書き、ペンと一緒にそれを差し出してきた。
仕方なく受け取ると、壁を背に立ち尽くしていた顔の横に、翔太は両手をついた。この様子では、こちらが名乗らなければ離れないだろう。
「アタシは、ワカヤマミクリ。若山深玖里よ」
まとわりつかれても面倒だから、翔太の名前の横に、自分の名前を書き連ねて胸もとに押しつけた。
翔太はメモを手にすると、満足げに大きくうなずいている。
「深玖里ちゃん、かあ。うん、名前も可愛い。この街にはまだ滞在するよね?」
「だったらなに!」
「だからあ、帰ったらデートしようよ……っと、いけね。じゃ、俺は時間がないから行くけど、深玖里ちゃんも頑張ってね」
甘い笑顔を惜しみなく振りまき、おおげさに大きく手を振って、外へ出て行ってしまった。
翔太に手渡された依頼書は四件あり、全部ただの獣だった。
合わせた懸賞金は三十五万。
ほとんどが近隣に出るものばかりで移動もさほど苦にならない。
一回で終わらないのが面倒だったけれど、選び直すのも手間だったから全部請け負った。
三件はどれも退治依頼で、賞金も一桁だけあって簡単にこなせた。
残る一件も退治以来だけれど二桁で、それを最後まで残しておいたのに……。
「も~、どこにいるのか全然わかんないじゃない」
依頼は猪退治。
けれど肝心のその猪が見つからず陽も落ちかけて、仕方なしに帰路についた。
請け負い期間は三日以内、まだあと二日ある。
雑木林を抜ける手前でなにやら揉めているような声が聞こえてきた。
(やだあ、喧嘩?)
このまま街道へ出て見つかると、巻き込まれてしまうかもしれない。
チンピラ同士の喧嘩なら勝手にやってくれ、ってところだけれど、例えば昨夜、泊めてくれた老夫婦のような人が絡まれているんだとしたら話しは違う。
それになにより、ちょっとだけ野次馬根性がうずく。
足音に気をつけながら歩き、木の陰から覗き見ると、数人のガタイのいい男が輪になってその真ん中を見下ろしていた。
殴られて倒れでもしたのだろうか?
足の隙間には屈み込んでいる人影が見える。
会話全体が届く距離ではないけれど、言葉の端々は聞き取れた。
ぶつかっておいて云々だの、詫びがどうだのと言っているところをみると、明らかにチンピラに絡まれた類いだ。
そろりと木陰を出て次の木陰へと、深玖理はもう少し近づいてみた。