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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
東家 縁 其の二

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第8話 櫻龍会本部・出自

 深玖里(みくり)に飛びつかれた統領は、これまで(えにし)が見たことのない笑顔を浮かべていた。

 驚いたのはこの場にいるみんなが同じだったようで、座敷の中には統領と深玖里の笑う声だけが響いている。


「坊、少し大きくなったか?」


「そりゃあ、なるよ! オレ、もう十六だぞ! それよりなんだよ? こんなところにいるなんて全然知らなかったから、ずっと探し回ってたんだぞ!」


 腰をおろして胡坐をかく統領の膝に乗り文句を言う深玖里の頭を、軽く叩きながらも大声を上げて笑っている。

 こんな姿も初めて見る。


「一人で旅をするための心得は教えていただろう? それに坊には、やることもあったんだからねぇ」


「そうだけどさ、せめて行き先とか滞在先くらいは教えていったって良かったじゃないか!」


「まあ、そう言うな。坊にはなるべく先入観なく、ここへたどり着いて欲しかったのだよ」


 ブツブツと文句を言い続ける深玖里の声が小さくなったところで、縁は思い切って声を掛けた。


「とっ、統領……あ、あの……深玖里さん……光葉深玖里(みつばみくり)さんは、統領のお身内なのでしょうか?」


 深玖里が度々、探していると言ったのは、叔父だと翔太(しょうた)から聞いている。

 その叔父が統領ならば、統領は光葉の人間ということだ。

 深玖里と統領は互いに顔を見合わせると、バツの悪そうな笑い顔を見せた。


「うん、深玖里は兄の子なんだよ。俺にとっては甥御にあたる」


「それじゃあ、統領も光葉の家柄ということでしょうか?」


 翔太も縁と同じ疑問を感じているようだ。

 多分、ここにいる全員が同じ気持ちだと思う。


「うん、けどまあ、櫻龍会(おうりゅうかい)を任されたときに、俺は家を捨てているからねぇ……ま、今じゃあもう関りはないも同然よ」


 統領はあっけらかんとした様子で笑い、縁も翔太も、それ以上はなにも聞けなかった。

 どんな出自だとかどんな経緯で統領が櫻龍会にきたのか、そんなことよりも、これまで統領に助けられたことのほうが大切で、その人となりは縁が感じているままでいい。


「深玖里のことはねぇ……光葉では居心地が悪かろうと思ったし、ひょっとすると、賢人(けんと)協動(きょうどう)にちょうどいいんじゃあないかと思って、連れ出してきたんだよ」


「えっ! じゃあ、おじいは最初から、オレを賢人と引き合わせるつもりだったのか?」


「いやあ、引き合わせたとしたら、それはきっとうまくいかなかっただろうさ。互いに引き合ったから協働になれたんだろうよ」


 しつこく文句を言い続ける深玖里を眺めみて、縁も統領の言うとおりだと思った。

 引き合わせたとして、頑なに協働を作らずにいた賢人が素直に従ったとは思えないし、深玖里の年齢を考えると、家を出たのは十一歳のときで幼過ぎる。

 ただでさえ賢人は縁と同じで、妙な輩に絡まれやすい。旅を共にさせるには不安要素しかなかったことだろう。

 それを踏まえると、自然に出会わせるのが得策に思える。


 たまたま何度か出会って同じ依頼をこなし、それぞれに人の好さを見出したからこそ、駿河(するが)で深玖里は『賢人の協動になってやろうと思って』と言って追いかけてきたんだろうし、賢人は『キミが男だったら……おれのほうから協働になってほしいと頼んだかもしれないけれど』と言ったのだから。


 それにしても……出会うかどうかもわからないのに、幼いうちから深玖里一人で旅をさせるなんて、統領もずいぶんと大胆なことをするものだ。

 それとも、最初から深玖里と賢人が出会うと確信していたのだろうか?


 統領は本当に不思議な人だと思う。

 縁が櫻龍会に入るきっかけになった、登和里(とわり)との出会いも、まるで縁が家を出るタイミングを計ったかのようだった。

 翔太にしても紀江(きえ)にしても、恐らくは安養寺(あんようじ)たちも、きっと同じだっただろう。


「そうそう、おまえたちに、これからのことを頼んでおきたいんだがね」


「はい」


 座したまま皆が返事をすると、深玖里もようやく統領の膝からおりて賢人の隣に正座した。


「まず、守人と紀江。近江国(おうみのくに)の支部で畿内(きない)の様子についてまとめた書類を受け取ってきて欲しい」


「畿内……ですか?」


「うん、戻ったばかりなのにすまないんだけどねぇ、ようやっと様子がわかってきたようだから」


「わかりました」


「それから、優人(ゆうと)と翔太。二人には岩代国(いわしろのくに)若松(わかまつ)周辺で、しばらく依頼を請け負って。戻る時期は追って連絡を入れるから」


「はい」


「縁、おまえさんはもうしばらく本部で裏方の仕事を手伝っておくれ。覚えてもらいたいことはたくさんあるからね」


「はっ、はい」


「賢人と深玖里。二人にはお遣いを頼みたい」


「お遣い? まさか家に戻れとか言わないよな?」


 一応、姿勢は正しているものの、言葉遣いは荒いままだ。

 これは注意したほうがいいんだろうか?


「まさか。賢人、深玖里を連れて羽後(うご)樹士王(じゅしおう)さまのところへ書状を届けて欲しい」


「はぁ……樹士王さまに書状ですか……わかりました」


 賢人はあからさまに不機嫌な様子をみせた。

 羽後は確か、賢人たち四人の故郷のはずだけれど、行くのが嫌なのだろうか?


「坊、北へ行くのは初めてだろう? 賢人の言うことをしっかり聞いて色々なものに触れてきなさい」


「はあい。で、羽後に行ったら、またこの本部に戻ってくればいいのか?」


「そうだね。その先のことは、みんなが無事に戻ってからにしよう」


 統領の言葉を聞いて紀江は不満そうに口角をさげた。

 本部へ戻ってくるのが嫌でたまらないんだろう。

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