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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
東家 縁 其の二

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第7話 櫻龍会本部・離れ

「ったくさぁ……安養寺(あんようじ)のヤツも毎度毎度、厭味ったらしくて嫌になるよな?」


「まあね。でも、さっきは(えにし)に好意的な感じだったじゃない?」


「好意的ではないだろ~? 見下したみたいに『やらないのはただの怠慢だ』なんて言っちゃってさぁ~」


 翔太(しょうた)は離れまでの長い廊下を歩きながら愚痴り、安養寺の口調を真似して唇を尖らせてみせた。

 今のは少し似ていて、紀江(きえ)はプッと小さく吹きだして翔太の脇腹に肘鉄を見舞わせている。


「そこは安養寺の言う通りじゃないのよ。上から目線にムカつくのもわかるけど。でしょ? 縁?」


「うっ、うん……たた怠慢だって言われたのは、仕方ないことだ、と……思う……」


 安養寺に見られていたとは思いもしなかった。

 あのときは、深玖里(みくり)に対する暴言がどうにも許せなくて反論したけれど、あんなふうに自分の中に怒りが湧かなければ、吃音が消えることはないんだろうか?

 俯いて歩く背中に紀江の強烈な一撃が飛んできて、縁は這いつくばるようにして倒れた。

 痛みで言葉を発することもできない。


「紀江ぇ~、おまえホントにやり過ぎ」


「縁がだらしないのよ! もう、遊んでないでさっさと戻りましょうよ。これからどうするのかも決めなきゃでしょ?」


 翔太の手を借りて立ち上がっているあいだにも、紀江はズンズンと離れに向かっていく。


「まあ……確かに安養寺の言うことも一理あるけどさ、縁は縁のペースでやればいいと、俺は思うよ?」


「うっ、うん……」


 そう答えつつも、やっぱりもっと、しっかりしないと……と思う。

 何度も何度も駿人(はやと)の牙を前に思うけれど、実感するのは足りていない自分ばかりだ。


「深玖里ぃーーーーっ!!!」


 先に離れに向かっていた紀江は、襖を外す勢いで乱暴に開き、怒声をあげた。


「あっ、ヤバい! 深玖里ちゃんが危ないぞ! 縁、早くこい!」


 翔太が慌てて走り出し、縁もそのあとに続いた。

 部屋の中は逃げ回る深玖里と追う紀江を止めようとしている守人(もりと)優人(ゆうと)たちで混乱し、机も衣装もあちこちに乱れ飛び、障子も襖も所々に穴が開いている。

 またもこれらの修繕をするために、あちこちへ手配するのかと思うと、目眩を起こしそうになった。


「だからっ! あれは紀江が悪いんだろ!」


「あんたが女装なんて紛らわしい真似するから悪いんじゃないのよ!」


「オレはずっとそうやって旅してきたんだよ! 勝手に思い込みで押しかけてきたくせに!」


「そもそも、なんだって女装なんて――」


「紀江! もういい加減にしないか」


 紀江の振り上げたこぶしを守人が後ろから掴み取り、真顔で窘めた。

 守人は普段、紀江に対して大らかに接しているからか、ここぞというときに真面目に向き合うと、紀江のほうも真摯に受け止めざるを得ないようだ。


「だって、深玖里ったらさ、性別だけじゃなくて名前も年齢も偽ってたなんて。信用されてないみたいで頭にきたのよ……」


 シュンとして俯いた紀江はそう呟いた。

 縁もそのことが気になったけれど、深玖里のことだからなんらかの事情があるのだろうと察することはできる。

 なにしろ、情報のまったく出てこない光葉(みつば)の家の出なのだから。


「……それは確かに、オレも悪かったよ。けどさ、旅に出るときにしつこく言われたんだよ。幼過ぎるのも男なのも危ないって。光葉の出身なのも、賞金稼ぎをするならほかの符術師(ふじゅつし)に変な関心を持たれると面倒に巻き込まれるかもしれないしさ。だから母親の姓を名乗るようにって」


「それは、おっ、叔父さん……て言っていた人?」


「そうだよ。実際、女の格好でいるときのほうが宿でも融通を利かせてもらったり、老夫婦に良くしてもらったりしたから、割と楽に旅ができたしな」


 深玖里の説明に、紀江と守人だけではなく、翔太や優人、賢人(けんと)も妙に納得した様子をみせた。

 確かに請負所で依頼を受けようとしたときに、光葉の名前が出れば、符術師たちは穏やかでいないだろう。


「女装にしたって、いつまでもできるものじゃないだろ? オレだってこれから背も伸びるだろうし、声も変わるだろうし。そんなら、利用できるうちはしておこうと思ったんだよ」


「それにしたって、普通は女のほうが危ないじゃない? だいいち、あんたの叔父さんとやらは、なんだってあんたを一人にしたのよ?」


「女の格好のほうが、相手が油断するからだろ? オレ、賢人や縁と違って、そこらのチンピラに負けるワケないもん」


 そこで引き合いに出されると弱い。

 翔太がこっちを見て、プッと笑いを飲み込んだ。


「たださ、叔父さんがオレを一人にしたのは、ずーっと理由がわからなかった。だから探していたんだけど――」


「――まあまあ、思った以上に時間が掛かったなぁ。坊ならもっと早くに来るかと思っていたのに」


 縁側の障子がスッと開き、現れたのは統領だった。

 縁も翔太も紀江も、もちろん優人たちも、揃って膝をつき、頭をさげた。


「おじい!」


 深玖里の叫び声に思わず顔を上げると、深玖里が統領に駆け寄って飛びついたところだった。

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