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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
東家 縁 其の二

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第6話 櫻龍会本部・縁と安養寺

 嫌な雰囲気を察した翔太(しょうた)は、優人(ゆうと)に耳打ちすると、紀江(きえ)守人(もりと)をも促して立ち上がり、広間から出ていこうとした。

 その前に数人が立ちふさがり、翔太の行く手を遮っている。

 顔ぶれは、いつもと同じだ。

 女のメンバーたちは深玖里(みくり)も統領たちも退出したからか、いざこざには興味なさそうに、それぞれの持ち場へと帰っていく。


「おい、東家(とうや)内村(うちむら)も、アイツが男だってことを最初から知っていたのか?」


「二人だけじゃあない。天羽(あもう)もそうだろう!?」


光葉(みつば)だってこともそうだ! 知っていて黙っていて、俺たちを騙したのか!?」


 大広間に殺気が(みなぎ)った。

 彼らに普段から良く思われていないとはいえ、騙そうなどと思ったこともないし、なにより相手にするつもりもない。

 勝手に突っかかってきて、いい迷惑だ。


「おまえらなんか騙したって、俺たちにはなんの得もないだろ? 変に絡んでくるなよ」


「なんだと?」


 翔太は立ちはだかったメンバーを睨み、つっけんどんな物言いで突き放した。

 紀江のほうも不機嫌な顔つきで、(えにし)は様子をハラハラしながら見守った。


「だいたい、知っていたからなんだっていうのよ? 私たちが知ったことを、いちいちアンタたちに話す義理はないわよね?」


「紀江の言う通りだ。深玖里ちゃんが光葉だろうがなんだろうが、男だろうが女だろうが、おまえらには関係ないだろ?」


 翔太は優人と守人に、先に賢人(けんと)たちのところへ行くように言い含めると、大広間から出して襖を閉めた。

 いつでも駿人(はやと)に庇ってもらっていた縁と違って、翔太と紀江は、こうしたいざこざを優人たちに見せたくないらしい。


「関係ないことはないだろう? 同じ櫻龍会(おうりゅうかい)である以上、知っていて当然じゃあないか!」


「そうだ! おまえたち白狼(はくろう)協動(きょうどう)で優遇されていると思って、いい気になってるんだろう!」


 自分たちが選ばれなかった不満が溜まっていただろう。それが一気に噴き出したらしい。

 縁たちからしてみれば、ただの八つ当たりに過ぎないし、かつて縁が協働を代わって欲しいと訴えたときには、尻込みしていたくせに。


 それになにより、昔ならいざ知らず、今ならばハッキリとわかる。

 彼らより縁たちのほうが符術(ふじゅつ)を使えるということを。

 今まで経験してきた妖獣(ようじゅう)(けもの)退治の数は、彼らの遥か上をいっているのだから。

 未だそれに気づくことなく、自分たちのほうができると思っている彼らを、縁は情けないような切ないような、複雑な気持ちで眺め見ていた。


――ズドン!!!!!――


 大きなものが落ちたような音とともに座敷が揺れて、縁はよろめきながら音のしたほうを見た。

 片膝をついてしゃがみ込んだ紀江の右手が畳にめり込み、勢いのせいか両側が浮き上がってしまっている。


「きっ……紀江っ! あぁ……たた……畳が……」


 協働承認は済んだから、すぐにこの大広間を使うことはないけれど、穴が開いてしまった畳を張り替える手配をしなければ。

 新しい畳が届くまで、あの穴をどう隠そう?

 紀江の符術に怯み、全員が押し黙っている。


「……るっさいのよ。黙って聞いてればグダグダと、どいつもこいつも毎度毎度、いい加減にしなさいよ?」


「紀江の言う通りだねぇ。同じ櫻龍会だっていうなら、さっさと持ち場に戻れよ。少しは依頼も出ているんだろ? こんなところで俺たちに嫌味を言ってるだけなんて、おまえらホントに暇人だな」


「自分たちが選ばれなかったことに大層な不満を持っているようだけど、いいのよ? なんなら今ここで、なぜあんたたちが選ばれなかったのか、教えてあげても」


「――なんだと!?」


 これまではずっと、嫌味も妬みも受け流していた翔太と紀江が、反論してきたことが面白くなかったんだろう。

 数人が立ち上がり、一触即発の様相を呈している。

 止めなければいけないんだけれど、どうしたらいいかわからず、言葉も発せないまま立ち尽くしていた。


――バンッ!――


 広間の奥で、また大きな音が響き、縁は音のしたほうを振り返った。

 舞台脇で長机の前に座ったままの安養寺(あんようじ)が、手にした書類で机を叩いたようだ。


「おまえたち、いい加減にしろ。こんなところで揉めている暇があるのなら、内村の言うように依頼を一つでも多くこなしたらどうなんだ?」


 安養寺のことは、縁や翔太、紀江に嫌味なことばかりを言うヤツだという認識しかなかった。

 櫻龍会に入ったばかりのときは、同期だったこともあって親身になってくれたり、遊んだりもしたけれど……。


 だから、こんなときには対立する側に回るか、あるいは興味ないと言わんばかりに、黙って場を離れていくだけだったのに。

 まさか、翔太たちに同意を示すとは思わなかった。

 ほかのメンバーたちも縁と同様に驚いたのか、ぶつくさと文句を言いつつも、安養寺が言うようにそれぞれの持ち場へと戻っていった。


「東家ぁ……おまえもだ。いい加減にしろよ?」


 縁の目の前に立った安養寺は怒ったような呆れたような、なんともいえない表情で見おろしてくると、そういった。


「オロオロしているだけで情けない……仲間がこき下ろされているのにだんまりか? もっと毅然とした態度で内村と天羽を庇うくらいのことはできないのか?」


 これまでの嫌味とは違い、縁を窘めるような物言いに、なにも答えられずに沈黙が流れた。


「ぼっ……ボクは……そ、そんなふっ……ふふ二人には……」


 なにか言い返さなければと口にした言葉は、いつも通り……。

 安養寺は深く大きなため息を漏らした。


「このあいだ、ヤツらにしっかり意見を言っているのを見たぞ。やればできるのに、やらないのはただの怠慢だ」


 手にした書類で縁の肩を叩き、安養寺はそのまま大広間を出ていった。


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