第5話 櫻龍会本部・協働承認
翌朝、縁は九時に離れへ顔を出した。
翔太と優人はもう準備を終えていて、今は深玖里と賢人が着替えの真っ最中だ。
「それじゃあ、俺たちは先に大広間へ行ってるよ」
「うん、またあとで」
着慣れない衣装が嫌なのか少し不機嫌な様子の深玖里は、それでも動きにくさは感じないと言いつつ、部屋の中を歩き回っている。
物怖じしないように見えるけれど、こんなときには緊張するのだろうか?
髪を整えて烏帽子をかぶると、深玖里はこれまでずっと狩衣を着ていたかのように、違和感なく着こなしていた。
賢人も何度も着ているから、やっぱり違和感はない。
「じゃ……じゃあ、そろそろ行こうか」
大広間までの長い廊下を歩いているあいだ、広間に集まる人々の気配が縁たちに集中しているのがわかった。
昨日、深玖里を目にしたせいで、一気に噂が広まったからだ。
「嫌な雰囲気だな。昨日も思ったけどさ、櫻龍会なんてロクなヤツがいないじゃん。統領がどんな人か知らないけど、大したことなさそう」
「そんなことはないよ。おれたちは統領にはすごく世話になっているし、気さくで頼りになる人だよ」
「……ふうん……まあ、どのみち今日、顔を合わせるくらいで、今後はそんなに関わることもないんだよな? せいぜい良く見られるように、真面目にしておくことにするよ」
おどけたように深玖里は言うけれど、実際、黒狼を追って旅を続けているうちは、統領と顔を合わせる機会はそうそうない。
最初の印象さえ良ければ、よほど目に余る行動をしない限り、悪くは思われないだろう。
悪く思う誰かがいるとすれば、それは櫻龍会のメンバーたちだけだ。
ずっと女言葉を聞いていたけれど、深玖里が男の口調に変わったことも、違和感なく受け入れられる。
姿が女装じゃあなくなったからだろうか?
大広間の襖を開き、深玖里と賢人を促して中へ足を踏み入れた。
途端に視線が集中し、ざわめきが起こった。
ここにいる全員が深玖里を女だと思っていたのに、姿が男なのだから当然だ。
昨日とは逆に、男のメンバーたちは厳しい視線を、女のメンバーたちは深玖里の姿に色めき立っている。
奇麗な顔立ちと狩衣の色合いが相まって、いい男に見えるんだろう。
両脇に並ぶ面々をよそに、中段まで上がった深玖里と賢人は、中ほどで膝をついて頭を下げた。
登和里と木ノ内の手で上段の御簾が開かれ、総領の姿が現れると、その場の全員が深く頭を下げる。
「うん、みんな息災のようだね。賢人も長旅から良く戻ったね。無事でなにより」
「ありがとうございます」
「早速だけど、協働を決めたそうだね?」
「はい。本日、承認をいただきたくお願いに上がりました」
賢人の言葉で二人揃って顔を上げた瞬間、深玖里の雰囲気が変わった気がした。
「お初にお目にかかります。この度、新たに櫻龍会へ加入を致しました、光葉深玖里と申します」
今度は深玖里が入ってきたときよりも大きなどよめきが起こった。
縁も深玖里がこの場で光葉の名前を出すなどと思いもしなかったけれど、統領はじめ登和里たち幹部は平静のままだ。
登和里と木ノ内の一喝ですぐに声は鎮まったものの、広間の中を流れる空気は重苦しい。
その中で深玖里の口上だけが響いていた。
「――以上、今後は賢人と共に邁進してまいります」
背筋を伸ばし、凛とした声で文を結んだ深玖里は、賢人と共に再度、平伏した。
統領は変わらず澄ました表情のまま、ジッと深玖里を見つめ、少し前に身を乗り出した。
「うん、光葉深玖里……ね。今、いくつかね?」
「はい。十六になりました」
十六歳?
初めて出会ったとき、本人が十六歳で家を出て旅を始めて五年になると言っていたし、駿人が櫻龍会に情報照会したときも、縁が書類を整備したときも、年齢は二十一歳になっていた。
性別と名前だけでなく年齢まで偽っていたのはなぜだろう?
提出してしまった書類の訂正もしなければ……。
「そう。賢人と一緒だとなにかと苦労が多いだろうけれど、まあ、頑張って」
統領は素っ気なく言うと、二人にくれぐれも注意して旅を続けるように伝えて締めくくった。
縁自身や翔太たちのときには、もっとたくさんの言葉を貰った記憶があるけれど……。
戸惑いを覚える縁同様、今この広間に集まっているほかのメンバーも困惑しているように見える。
「先だって現れた黒狼は無事に退治できてなにより。けれど、いつまた次が現れるかわからないのだから、皆、気を引き締めて行動するように」
最後に広間に集まった全員に声を掛けた統領は、スッと立ちあがると振り返ることなく広間を出ていった。
全員が平伏してそれを見送り、登和里の号令で深玖里と賢人が先に退室していった。
残された櫻龍会のメンバーたちは、各々好き勝手なことを囁き合っている。
「光葉だと言うが本当なのか?」
「女だと聞いていたのに、男じゃあないか」
「まだ十六だなんて、幼過ぎるだろう? 統領は本当に認めたのか?」
悪意のあるもの言いに、ほとほと呆れる。
中の一人がこちらを振り返り、きつい視線を向けてきた。
広間の中を不穏な空気が流れた。




