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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
東家 縁 其の二

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第3話 櫻龍会本部・縁と紀江

 櫻龍会(おうりゅうかい)で雑務を担当しているメンバーに指示を出していると、ヒラヒラと式神が舞い降りてきた。


「式……だだ誰が……?」


 手にした式神は翔太(しょうた)のものだった。

 書かれた文章を目で追い、最後まで読み切ると、(えにし)は目眩で倒れそうになった。


「縁さま! 大丈夫ですか?」


 そばにいたメンバーの(たちばな)に支えられ、縁はその場に座り込んだ。


「うん、だい……大丈夫……」


「少し休まれては――」


「本当に大丈夫だから……すっすまないけれど、ここの準備を任せていいかな? ボボ、ボクはちょっと急いで書類の整備をしないと……」


 やっておいて欲しい作業の手順だけをしっかりと伝え、縁は事務室へと急いだ。

 手にした書類に書き込みをしてから厳重に封を閉じ、その上からさらに符術(ふじゅつ)を掛ける。

 これで、統領(とうりょう)が開くまで誰の目にも触れない。


「こっ……これでいい」


 悪意があるのはわかったから、あとはそれを往なして翔太たちが到着するのを待てばいいとして……。

 それまでに縁にできる限りをしなければ。

 深玖里(みくり)に合わせた口上は、登和里(とわり)に手を借りて作ればいい。


「着くのは……い、五日後……くらいかな?」


 今、みんなは武蔵国(むさしのくに)上野国(こうずけのくに)下野国(しもつけのくに)の境辺りにいるようだ。

 駿河(するが)黒狼(こくろう)が出て以来、獣や妖獣(ようじゅう)の依頼は減っているけれど、きっと途中で請負所へ寄りながら来るだろう。

 一日でも早く、無事についてくれることを願いながら、縁はまた次の準備へと向かった。



♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



「縁!」


 大広間で座席表を片手に各自の席を用意している縁に、体当たりをするようにして紀江(きえ)が飛びついてきた。


「久しぶりじゃない! 元気にしていた?」


「きっ紀江、もう着いたんだ?」


白石(しろいし)には昨日のうちに着いていたんだ。夜になってからだったから、街に泊まったんだよ」


 紀江の後ろに立つ守人(もりと)を見た。守人に会うのも久しぶりだ。


「ふふふ二人とも、疲れていないの?」


「そりゃあ、チョットはね? でも、いつものことじゃない?」


 駿人(はやと)と旅をしていたとき、優人(ゆうと)賢人(けんと)と一緒になることは多くても、守人とはほとんど会わなかった。

 それでも、駿人は守人を信頼していたし頼りにもしていたと思う。


「今夜は二人とも、しゅっ宿舎?」


「嫌よ。私と守人、これから統領に挨拶に行ったら、鎌先(かまさき)の温泉に宿を取るの」


「温泉? なっ……なんで?」


「紀江のヤツ、戻った途端に絡まれたんだよ」


「あぁ……」


 情けないけれど、未だに縁同様、紀江も嫌がらせをされる。

 同じ櫻龍会のメンバーだというのに、人の嫉妬心は本当に面倒だ。


「ま、返り討ちにしてやったけどね」


 肩をすくめて苦笑いをする紀江は、気にもとめていないようだけれど、返り討ちとは一体、なにをしたというのか……。


「とりあえず、私たちは賢人たちが着くまで宿にいるから。翔太には式で報せたから、みんなが着いたら戻ってくるわね」


「わかった」


 紀江は縁に手を振ると、さっさと統領の部屋へ向かって歩きだした。

 守人は目を細め、懐かしそうにも寂しそうにも見える表情で縁の胸もとを見ている。


「あ……守人、こっ……これ……駿人の……」


 縁は素早く駿人の牙を首から外すと、守人の手に握らせた。

 手のひらを開いてジッと牙を見つめている守人は、寂しい気持ちが強いんだろうか……?


「そうか……こうなるんだな……わかった。縁、ありがとう」


「ボクは……なにもできなかった……」


 守人は縁の手に牙を置き、その上から両手で包むようにギュッと握りしめた。


「そんなことはない。駿人はいつでも縁を頼りにしていたし、助けてもらっていたよ」


「でも、ボクは……」


「縁、これは縁が持て。そのほうが駿人も喜ぶ」


「だけど……」


「優人も賢人も同じことを言っただろう? 縁が持っていてくれると、オレたちも安心なんだ」


 守人は優人や賢人よりも、駿人に似ている。

 その守人がそう言ってくれると、駿人に言われたような気がして胸に暖かい感情が込みあげてきた。


 廊下の向こうのほうで紀江が守人を呼んでいる。

 縁の肩を叩き、紀江のところへ向かう守人の背中を、角を曲がるまで見つめていた縁は、ホロホロと涙をこぼした。

 駿人と別れた次の日に、涙が枯れるかと思うほど泣けたのに、今まだ涙がこぼれ、最初は嫌でたまらなかった駿人との旅の日々が、縁にとってとても大切な時間だったと気づかされた。


 次は守人なのか優人なのか、それとも賢人なのかわからないけれど、誰かがまた消えてしまうときには、残される紀江や翔太、深玖里には、縁が寄り添ってあげたい。

 先だって縁に絡んできたようなメンバーには、強く対応しなければと、改めて駿人の牙に誓った。

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