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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
東家 縁 其の二

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第2話 櫻龍会本部・縁

 登和里(とわり)木ノ内(きのうち)に師事を仰ぎ、(えにし)は淡々と準備を進めていった。

 (けもの)妖獣(ようじゅう)を退治していたときとは違う充実感に、この仕事が自分に向いているんじゃあないかと思った。

 内向きの仕事が向いていると感じても、退治の仕事を辞めようとは思わない。

 縁にしかできないこともあるはずだし、符術(ふじゅつ)の強さも、ほかの誰かより劣るとは思えないから……。


 あちこちへの連絡や手配を進め、確認を取りながら大広間に席を作っていく。

 滞るやり取りも、可能な限り早く進めるように取り計らっている。


 それでも遅れが出てくるのは、なにか邪魔が入っているからだろう。

 あっという間に日数がかさんでいく。

 次の手順を確認しながら、本部の渡り廊下を急ぎ足で歩いた。


「よォ、東家(とうや)ぁ」


 馬鹿にしたような嫌な呼びかけだ。

 目の前に立ちふさがるのは、櫻龍会(おうりゅうかい)でも比較的強い符術を使うメンバーたちだ。

 昔からいつも、縁や紀江(きえ)に嫌がらせをしてくる。


駿人(はやと)が消えた途端、裏方の下っ端に降ろされたのかよ?」


 彼らは縁たちを自分よりも弱いと思い込んでいる。

 まだ櫻龍会に入りたてのころは、縁も紀江も、翔太(しょうた)でさえも、訓練で彼らに負けることが多々あった。

 そのころのイメージが抜けきっていないんだろう。


 今であれば、縁は訓練だろうと実践だろうと、彼らに負けることはないのだから、こんなに見下される覚えはないのだけれど……。

 それに、この櫻龍会において雑務はあれど、下っ端の仕事など、ない。

 首もとに揺れる駿人の牙を握りしめた。


「ボボボボクがなっ……なにをしようと、どうあろうと、キミたちにはかっ、関係ないだろう?」


 長いあいだ、人との対立は避けてきた。

 縁自身の気持ちを口にするのは難しかったし、言葉が出ずに、言われるがままだった。

 これまでは、いつでも駿人が庇ってくれたから、彼らもしつこく付きまとってこなかったのに、いなくなった途端にこれだ。


「東家のくせに、ずいぶんと生意気な口を利くじゃあないか?」


 縁の肩をめがけて伸びた手を、すかさず払い除け、全員を睨み据えた。

 こんなふうに反論したのが初めてだからか、彼らは面食らって立ち尽くしている。


「ボッ……ボクは当たり前のことを、言った……だけだ」


「ふん……協働(きょうどう)じゃあなくなって裏方に落ちぶれたくせに――」

「――ボクはうっ、裏方になったワケじゃあない。出るべきときは、出る。そっ……それに裏方の仕事は、落ちぶれてもいなければ下っ端でもない」


 言いかけた言葉にかぶせて応えた縁は、彼らに対して怒りを覚えていた。

 本部では退治に出られない符術師たちや、まだ幼い訓練中の子どもたちが様々な後方支援を担ってくれている。

 それは決して落ちぶれたなどと言われる仕事ではない。


「偉そうな口を利くな――!」


 縁の襟首を狙って伸ばしてきた手を、掴み取られる前に、また払いのけた。


「――ッツ!」


「ボ、ボクはキミたちに……ばば馬鹿にされるような(いわ)れはない」


「なんだと!」


 どれだけ縁を下に見ているのか、さらに向かって来ようとする一人を、周囲のヤツらが止めに入った。


賢人(けんと)の協働になったとかいう、若山深玖里(わかやまみくり)とやらも、どうせその女も東家同様、大した符術師じゃあないんだろう?」

「そうだそうだ、人一人、死なせていると言うじゃあないか」

「そんな相手を協働にするなんて、賢人もどうかしているぜ!」


 人数が多いから優位に立っていると思っているのか、縁に浴びせる言葉が強い。

 本来なら委縮してしまって反論もできなくなる勢いなのに、縁の心には響かなかった。

 それになにより、彼らの吐いた言葉は、縁の琴線に触れた。


「あの場にいなかったキミたちになにがわかる? それに……なぜ賢人の協働の名前を、キミたちが知っている?」


 深玖里の名前は、まだ公開されていない。

 口上を述べるときに名乗らない限り、現時点では知りようがないはずだ。

 縁が内々に登録を進めていた書類を、どこかで盗み見たのか。


「公開されていない情報をどうやって得たのか、それによってはキミたちは厳罰に処されることになる」


 詰め寄る縁に彼らは及び腰になり、ブツブツと小声で悪態をつきながら、ようやく縁から離れていった。

 彼らの姿が見えなくなったところで、縁はホウッとため息を漏らした。

 両手には汗を握り、わずかに体が震えている。


 たった今、自分の口から発せられた言葉は、いつもの吃音が出なかった。

 背筋が伸びるような思いに、もう一度、駿人の牙を握りしめた。


――良くやったな、縁――


 そんな声が聞こえた気がする。

 少しは強くなれただろうか? 変われただろうか?

 少しは駿人を安心させられただろうか?


「ボクは……すっ、少しずつだけど、強くなるよ」


 牙に語り掛けるように呟くと、廊下を吹き抜ける風に急かされるように、また渡り廊下を歩き始めた。

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