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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
若山 深玖里 其の二

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第27話 武蔵国・光葉の屋敷

 あっという間に座敷に食事の準備が整えられていく。

 だだっ広い座敷に桐子(きりこ)緋十夜(ひとよ)深玖里(みくり)の三人だけだ。

 本当なら食事の席を共になどしたくないけれど、腹が減っているのは事実だし、このまま帰っても食べるものがあるかわからない。


 ――それに。


 こうして食事の支度をさせたということは、これを済ませないと話にならないということだ。

 さっさと済ませて話をし、弟の多由螺(たゆら)のところへ寄って帰りたい。

 無言のまま時間は進み、食事が済むと、桐子の合図で膳がすべてさげられた。


「それで、話というのはなんですか?」


 桐子は背筋をスッと伸ばして深玖里に向き直る。

 隣には緋十夜が座したままだ。

 このまま黒狼(こくろう)のことを聞いていいのか迷う。


「緋十夜は……緋十夜は席を外さないのかよ?」


「私がいると不都合なことでもあるのか?」


 緋十夜に問われ、深玖里はチラリと桐子の表情をみた。

 ずっと変わらず、無のまま。

 席を外させる気はないようだ。


「……黒狼のことを聞きに来た」


 桐子の視線は深玖里に向いたままだけれど、表情は本当に変わらない。

 なぜそんなにも、無関心でいられるんだろうか?

 ひょっとすると、火狩(かがり)の思い違いで、桐子はなにも知らないんじゃあないだろうか、と思ってしまう。


「なぜ、そのようなことを私に?」


「オレの式神が、黒狼のことを知りたいなら桐子さんに聞けといった。黒狼に味方する家のことも――」


「はっ……たかが式神のいうことを当てにするのか?」


 深玖里の言葉を緋十夜が鼻で笑う。

 昔からいつでも、緋十夜は深玖里を見下すような態度で接してくる。幼かったころは、それを怖く感じて怖気づいていたけれど、今は違うし、そもそも見下される理由もない。


「緋十夜がいう『たかが式神』でもオレにとっては、アンタらよりずっと信頼できる相手だ」


「……」


 桐子も緋十夜も黙りこくって微動だにしないけれど、まとう雰囲気が変わった。

 嫌な感じではない。これはどんな感情なんだろうか。


「なあ、桐子さんの知っていることがあるなら、聞かせて欲しい」


()()のことは聞きました。残念なことでしたね」


「そう思うなら、聞かせてくれよ」


 姉さん(はな)が亡くなったことを知っているとは、思ってもみなかった。

 知っているということは、多少なりとも関わりがあるから……だろうか?

 それは黒狼と関わりがあってなのか、それとも櫻龍会(おうりゅうかい)なのか、もしくは単純に深玖里を監視しているからなのか?


「姉さんは黒狼に(そそのか)されて、黒狼の肩を持った。使えないはずの符術(ふじゅつ)を使って……」


「符術を? そんな馬鹿な……深玖里の見間違いなんじゃあないのか?」


 緋十夜はフンと鼻を鳴らし、まともに深玖里の話を聞こうともしない。

 深玖里は海津屋(かいづや)()()が使った呪符(じゅふ)を破ったけれど、一枚だけ残しておいた。

 カバンからそれを取り出し、二人の前に投げつけてやった。


「姉さんはその呪符を使った。見覚えがあるだろ? うちの呪符だ」


 桐子は呪符を手に取ると、クシャリと丸めて自分の着物のたもとへしまい込んだ。


「姉さんはその呪符を黒狼に貰ったといっていた。どういうことなんだよ? 黒狼に味方をする符術師がいると聞いている。まさか、光葉(みつば)が――」


「くだらない詮索は、お辞めなさい」


 抑揚のない話しかたでありながら、その声は大きく、深玖里は叱られたときのようにビクッと震えた。

 昔から、桐子に叱られると身が縮むように強張る。けれど、今回だけは引くことはできない。


「だったら、なんだって黒狼がうちの呪符を持っていたんだよ? 盗まれたとでもいうのか?」


「深玖里、おまえはうちを出た身だろう? この件は私が継ぐ。これ以上、余計な首を突っ込むな」


「緋十夜……姉さんはその呪符のせいで死んだようなものなんだぞ! 首を突っ込むななんて――!」


「光葉で、()()()()()()()()()()調べるといっている」


「話になんねーな! だったら、親父に聞くまでだ!」


「統領は今、この屋敷にはいません」


「いない? それなら会いに行く。どこにいるんだよ?」


「父は今、人に会いに山城国(やましろのくに)へ出ている」


 山城国――?

 山城は畿内(きない)だ。

 畿内には、今――。


「深玖里、今はまだ、この話しをすべきときではありません」


「今は――って、だったらいつ、その話とやらをしてくれるってんだよ!」


 前のめりににじり寄った深玖里を無視して桐子と緋十夜は立ち上がり、座敷を出ていこうと障子戸を開いた。


「桐子さん! まだ話は――!」


「深玖里、先ずは櫻龍会の本部へ行きなさい。話はそれからです」


 ピシャリと閉められた障子戸を見つめた。

 ここでどうして櫻龍会の名前が出てきたのか、本部へ行けというのかわからない。

 これから向かうのを知っているというのだろうか?


「クソが……どうなってんだよ?」


 ただ話を聞いて、帰るつもりでいたのに、かえって疑問が増えただけだ。

 光葉はどこにも(くみ)していないはずだし、櫻龍会との繋がりも、深玖里が知る限りではないはずだ。


「あああぁっ!!!! ワケがわかんねーじゃんか!!!」


 座敷に仰向けで倒れ込み、駄々っ子のように両手足をばたつかせて叫んだ。

 ひとしきり叫んだあと、大の字になって天井を眺めていると、障子の向こうに人の気配を感じた。


 深玖里は小さくため息を漏らし、立ちあがって障子を開けると、廊下へ出た。

 奥の間へ続く廊下の真ん中に、座礼をしている姿がある。


「……水野(みずの)か」


「はい。深玖里さま、よくお戻りに――」


「戻ったんじゃあない。桐子さんに話があっただけだ。これから多由螺に会ったら、そのまま帰る」


「では、お戻りはいつに……?」


「水野、おまえには苦労を掛けるけど、わかっているだろう? この家に、オレが戻ってくる場所なんて、ないよ」


 座した水野を残したまま、深玖里は屋敷を出て、裏手にある別棟へと走った。


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