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初任務と超過勤務

「おはようございます・・・あれ。」


始業時間の少し前、まだ残る不安を抱えつつ特対室に入ったものの、どうやら一番乗りだったようだ。

デスクや棚の簿冊に目を通してみると、過去の事例がつらつらと並べられていた。


「神祇官の業務は警察みたいな他機関では対処できない魔法に関する事が主なはずだが・・・結局ミクズも詳しいことまで教えてくれてないしなぁ。」

「おはようございまーす!」

「うおっ!びっくりしたぁ。」


噂をすると、ミクズが勢いよく入ってきた。と同時に、始業のチャイムがなる。


「ミクズ・・・ここ3人いるって昨日言ってたよな?まだ俺とお前の二人しかいないんだけど。」

「ひとりは黒鳥からす係長ね、いま近畿守護院に出張中だから今日はいないよ。・・・まぁうちほぼ仕事ないからいいんだけどさ。」

「結局うちは何をやるんだ?」

「あぁ、それなんだけどさ・・・」


ミクズが話し始めたところで、電話が鳴る。


「お疲れ様です。特対室の前玉で・・・えっ仕事!?はいはい、はい・・・」


がちゃり、受話器を置いてミクズの唇がにやりと歪む。


「イオンくん、仕事だよ!さぁ神祇官デビューだ!!」

「いや俺そもそも魔法使えないっていうか・・・」

「は?」


現生人類の9割は魔法器官を体内に有しており、神祇官のほとんどは強力な魔力と”属人魔法オリジナル”を持っている。

一方で維音は生まれつき器官が弱く、属人魔法どころか義務教育レベルの基礎魔法も満足に使えない。


「なるほどねぇ・・・ま、だから雇われたんじゃない?私たちが対応するのは人間じゃなくて・・・幽霊みたいなもんだからさ。」

「さっきから全然話が見えないが・・・」

「いいからいいから・・・さ、もうすぐ着くよ。」


情報を整理して昼過ぎ。

車で郊外に出てから少し歩き、小さな森の中へ歩く。

開けた場所に出ると、いびつで大きな足音がいくつか刻まれている。


「これは・・・?」

「最近、近くの住民が霊障に悩まされてるらしいんだよね。魔法器官のせいで人間が怪異を認識できるようになって久しい・・・弱いのは民間の魔術師がなんとかしてるけど、強いのはうちがやるんだよ。」

「ていうことは地官位っていうのは・・・まさか。」

「さっすが飲み込みが早いね!そう、他所が魔法を使う人間を処分するなら、特対室は”人ならざる者”を処分するってわけ。」


確かに霊障の多くは魔法犯罪に比べると些細なもので、ほとんどが民間魔術師によって対処されているのも事実だ。

魔術師の中のエリートである神祇官は魔力が大きい分霊障に向かないのも理解はできる。

となると、”ほぼない”仕事の濃度というのは当然・・・


「お見えになったよ!今回の案件だ・・・!」


バキバキと木が音を立ててなぎ倒されていく。

象ほどの巨体を持つ猪が重い足音と共に現れた。絵具を混ぜたような黒い体に赤い目が光る。


「これは猪なのか!?なんか禍々しいにもほどがあるんだが!!」

「じゃあ四位殿、さくっとやっちゃって♡」

「無茶いうな!!」


恐怖で足が震える。猪にひと睨みされただけで、維音はすっかり動くこともできなくなっていた。

一瞬、沈黙と緊張が混在したのち巨体がこちらを目掛けて猛進してきた。

極度のプレッシャーに頭の回転は絶好調だったが、いくら考えてもこの状況を打開する方策は浮かばない。

走る走馬灯、「どうしてこんなことになったのか」が頭をぐるぐる回る。

万事休す、顔を腕で覆い、目を閉じて覚悟を決めたその時・・・


岩と岩がぶつかり合って弾ける音がした。

ゆっくり瞼を開けると、あの時のように腕は赤黒い異形と化している。

それだけではない。破れたズボンからは腕と同じ状態になった足が露出しており、頭に手をやると突起物が生えているのがわかった。

なにより違和感があるのは腰だ。明らかに知らない感覚のものが背中側から”生えて”いる。

前方に目を向けると猪の牙が片方砕けて散らかっており、明らかに効いているようだ。


「イオンくん、もう一本の牙を折って!今ならできるはず!!」


ミクズの言葉に背中を押され、一歩踏み込む。

身体能力はすでに人間を辞めてしまったようで、軽く飛んだだけで巨体が眼前に迫る。

拳をぎゅっと握って、タイミングよく牙に振りぬいた。


バキッ! 快音が森に響く。

猪からは黒い煙が抜けていき、みるみるうちに体がしぼんでいく。

通常のそれに戻ると、ゆっくりと森に戻っていった。


「お疲れ様!初任務完了だね!」

「ん・・・あぁ、そう、だな・・・」


意識が朦朧としてへたり込む。

紫色のきれいな夕焼け雲が映って、真っ暗になった。


次に目が覚めたのは特対室のソファだった。


「ん、ここは・・・戻ってきたのか。」

「あーやっと起きた!超勤になっちゃったじゃぁ~ん!」

「げっ、もう夜の10時なのか・・・いてて。」


地下なので時間の流れは感じにくいが、しばし眠っていたようだ。

ミクズに詳細を尋ねる。


「イオンくん居眠りするから連れて帰るまで大変だったんだからね~?まぁ残業代稼げたから今日のところはいいけど・・・あ、君は管理職だからナシね(笑)」

「いやそれはいいんだが・・・よくはないけど、あれは何だったんだ?」

「あそこ、自殺者が最近極端に増えてるでしょ。死者に残ったマイナスな魔力がたまたま憑いちゃったんじゃないかなぁ。それに他のがどんどん吸い寄せられて雪だるま式に・・・みたいな。」


維音がそっちじゃねぇよ、という顔をするとミクズは見透かしたように続ける。


「まぁ、初回にしては大活躍だったと思うよ。あの姿のことだけど・・・”牛鬼”なんでしょ、君。」

「牛鬼って、俺は生まれから100%人間だ!大体そんなもんばーちゃんの話でしか・・・」

「隠さなくていいよ、私も見ての通り妖怪だし。」


スンとした表情で尻尾をふわりと揺らす。


「特対室の神祇官が3人なのはね、人外に対抗するために集められた”人外”だからだよ。私は先々代の伯王さまに討伐された化け狐だし、からすちゃんは拾ってきた鴉天狗だし。」

「・・・・」

「君もこないだ入院してる間に片っ端から魔法研に調べられてるはずだから、間違いないよ。まぁ妖怪というよりその能力が混じった人間なんだろうけど。」

「ミクズ、俺は・・・」

「今日は帰って休みなよ。明日からまた頑張ろうね。」


優しく微笑んだミクズの瞳には、かなしさが染みて見えた。

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