月の御子
暖かい日が差す、冷たい会議室に人影が二つ。
内務省大臣官房の潮 維音は上司に訳も分からないまま呼び出されていた。
いや、正確に言えば心当たりがないではなかったが・・・
「ウシオ係長、なぜここに呼ばれたか分かっているな?」
「俺・・・いえ、私には何のことかさっぱり。」
「出向だよ、片道切符のな。」
遡ることひと月前、維音は出張で和歌山に来ていた。
「これが西牟婁マリンタワーの建設予定地ですか!ここは私の故郷でしてね、帰りに実家に顔でも出そうかと・・・」
「それはよろしいですな。ところで、潮係長は奏任官とお聞きしておりましたが・・・想像と違って気さくな方で話がしやすくて助かります。」
県建設局の職員とたあいない会話を交わしていたその時、工事現場に大声が響く。
「危ない!」
資材が維音に向かってなだれ込む。
土埃が晴れ、とっさに覆った目を開けると・・・
「・・・なんだ、これ。」
右腕は赤黒い異形と化し、周りにはきれいに切り刻まれたコンクリートの塊や木材が散らばっていた。
そして刹那、気を失った彼は病院に搬送され入院。
復職初日、なぜかきれいになっていたデスクで半日過ごし現在に至る。
「で、どちらに飛ばされるのでしょうか?」
「神祇省だ。」
「 え 」
神祇省は”形式上”、日本の行政機関のうちの一つである。
ただ1945年、大戦中に世界を襲った魔法異変・・・そして聖環維新より現在の政体になってから一貫して、トップには伯王が君臨し内閣から独立している。
内務省がある霞が関から地下鉄で移動すること少し。
神祇省本省の門をくぐるとすでに話は通っていたようで、係の者に連れられるまま庁舎内を進んでいく。
「あの、すみません。私はどこに案内していただいているのでしょうか・・・」
「伯王殿下の執務室でございます。」
「は!?」
「神祇官および文官の任免権は神祇大臣ではなく伯王にございますので。」
「うーん、そういうもんですか・・・」
本省最上階に部屋はひとつ。
庁舎をエレベーターで昇りきって、維音は伯王の執務室前に立っていた。
係の者が重いドアをノックする。
「伯王殿下!件の潮殿をお連れいたしました!」
「入れ。」
「し、失礼いたします・・・」
観音開きに視界が開けると、青年がどっかりと椅子に座っていた。
髪は月の色を透かしたようで、切れ長で大きな目に吸い込まれる。
「秘書官は出てよし、ようこそ来てくれた潮係長。といっても内務省に圧力をかけて呼びつけたのは余なわけだが・・・」
「お初にお目にかかります、殿下。ウシオ イオンと申します。」
「早速だが辞令を発して任官させてもらう。潮維音、本日付で地四位神祇官、同時に神祇省処蕃局特異対策室 室長に任ずる。」
「で、殿下・・・私は内務省で文官をしておりまして、神祇官というのは・・・?」
「それは其方がよくわかっているのではないか?特対室は地下1階だ。すでに話は通してあるから、すぐに向かうように。」
理解の追いつかぬままエレベーターに乗る。
地下について地図の通り進んでいくと、明らかに空気がよどんでいる部屋があった。
「ここか・・・」
ノックしてドアを開けると、背の高い金髪の女性が待ち構えていたように駆け寄ってきた。
普通でないところといえば、しっぽが生えていることだ。しかも9本。
「特対室へようこそ、潮四位! 私は副室長の前玉ミクズです。」
「本日付で異動になりました、ご指導ご鞭撻のほど・・・」
「官僚出身は固いなぁ!どうせ四人しかいないんだからフラットにいきましょーよ!」
「あはは・・・ところで前玉五位、特対室は何をするところなんです?」
「ミクズ、ね?敬語も禁止ぃ~。じゃあ簡単に説明するよ!イオンくんはそもそも何にもわかってなさそうだから省の説明も一緒に・・・」
神祇省は伯王を頂点にした組織であり、主な業務は魔法に関する”全て”の事柄である。
1945年以降、魔法は科学の一つとされているが、日本では神祇省が独占的にそれを管理している。
トップの伯王はヤマトタケルの血を引く御伽月宮家(※皇族ではないが地位は憲法で保障され、世襲)の当主が務めており、その地位は三権の長の上である。
実務は神祇大臣が統括し、帝国総守護と事務次官がそれを補佐する。
神祇官は主に魔法犯罪や悪用の対処が仕事であり、帝国総守護-管区守護-守護代・・・と続く。初位~一位まで位階があり、神祇官登用試験に合格した”天官位”と特例で任じられる”地官位”に分かれている。
文官は他省庁と同様、高等/普通文官試験により採用され、事務次官をトップに置くが、両官に上下関係はない。
特対室は、天官位では対処できない事項を解決するのが任務である。
「というわけで、明日からバリバリがんばっていきましょ~!」