もう、だいじょうぶ
シクシクのお話
若くて愚かなシクシクが暗い森を越え、小川を辿り、海を沿ってその先にある集落へと向かうのには、理由がありました。
それというのも、その集落にはシクシクの祖母が暮らしているのです。
シクシクがずぅっと被り続けている、青いトンガリ帽子。
星の飾りがまたたいて、いつもシクシクに勇気をくれます。
くたびれてボロになった、革靴。
足によく馴染み、鈍くつやめいているのが、シクシクの自慢です。
他にも、鼻先が乾燥したときに塗る甘いクリーム、耳の毛が伸びすぎた時に使うナイフ、暑い陽射しも寒風も防ぐもったりした生地のマント。
全部、ぜんぶ、シクシクの大のお気に入りです。
それらは、以前シクシクの祖母が、シクシクの為にこしらえたものです。
シクシクは祖母に愛されていたし、シクシクも祖母のことがだいすきです。
しかし、そんなシクシクの祖母が病に倒れたのは、シクシクが暗い森を抜けるより少し前のことです。
あいにく、シクシクのいなかには医者がおらず、暗い森を越え、小川を辿り、海を沿った先にある集落に、やっとシクシクの祖母を診てもらえるところがありました。
シクシクは両親に言われ、祖母の様子を見に来たのです。
「おばあちゃんに会うのが、怖い。」
ピタリ、足を止めたシクシクがひとり呟きます。
シクシクは、だいすきな祖母を失うのが怖い、とハッキリ自覚していました。
このまま、やっぱり帰ってしまおうと、踵を返そうとしたその時です。
「おや?きみは。」
白衣を着た大柄なヒグマが、シクシクを見て何かに気がついたように声をかけました。
シクシクも、あんまり大きな存在に驚いて、動けなくなりました。
「シクシクに、なんかご用?」
ついに絞り出したように、シクシクはか細く巨体に質問を投げかけました。
「いや。いい帽子だね。」
「当たり前さ!シクシクのおばあちゃんが作ってくれたものだ。何にも負けるわけがない。」
シクシクは、さも当然だ、と言わんばかりに言い放ちましたが、ハッとなって口をつぐみました。
「なにも勝負を仕掛けたかったわけではないんだ。これは失礼したね。すまない。きみの帽子は素敵に決まってるさ。」
「ううん。シクシクが言い過ぎたんだ。ごめんね。」
「おやおや。謝ってくれて、ありがとう。」
町医者はそっ、と微笑みました。
「ありがとう?何が?」
シクシクは怪訝な顔をしました。
「きみは私の気持ちを汲んでくれたんだ。それはきみが私に寄り添ってくれた、優しさのためさ。その優しさに、ありがたく思ったんだよ。」
「そんなことで?」
「そんなことじゃないさ。大事なことだよ。」
ふうん、とシクシクはヒグマと目を合せ、あたたかな茶色い瞳をじっと眺めたあと、こう言いました。
「帽子を褒めてくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
どうやらシクシクは、ヒグマの真似をして、お礼を言ってみたようです。
するとどうでしょう、シクシクは、こころがあたたかくなるのを感じました。
シクシクは、また何か得たような気持ちになりました。
「とろこできみ、その素敵な帽子はローベさんの?」
「え?なぜおばあちゃんの名前を知ってるの?」
「おや、やはりそうか。きみのおばあさまから話に聞いていたんだ、かわいいお孫さんがいるとね。おいで、案内しよう。」
シクシクは、大きな体を揺らしているのを、瞬間眺めていましたが、すぐに追いかけ始めました。