わかってきた、そうだよね
シクシクのお話
若くて愚かなシクシクが歩き続けていると、そこには大きな大きな水たまりがありました。
ちょうどノドがカラカラだったシクシクは、これ幸いと水に口をつけて含みましたが、すぐに吐き出してしまいました。
「ペッ、ペッ、なんだこれ、しょっぱいじゃないか!この水たまりに塩を落としたのは誰だ!」
あまりの衝撃に、シクシクはむせかえりながら涙を流しました。口の中も不快なせいで、シクシクはだんだん腹がたってきました。
「やい、黙ってないで返事をしろ!このスットコドッコイめ!」
ここまで言われて、海も黙っては居れません。
「そんな言い方ないだろう。」
「おまえか、ここに塩を落としたぐずは!」
シクシクはよっぽど機嫌が悪いのか、海を罵り続けます。
「おまえほどの脳タリンは見たことないね!シクシクだって賢くはないけれど、そこのノロマよかマシだぞ。ゴミの方が千倍しっかりしてる!」
この言われように、海もやはり腹がたってきます。海はこう言い返しました。
「おまえさん、海を知らないのかね。海は塩辛いものだ、とても飲めやしないさ。よほどの世間知らずと見受けたね。」
「なに、シクシクだって知ってることはたくさんあるね!たとえば、おまえが海に塩を落とした大マヌケってこととかね!」
海はため息をつくように、大きな波をひとつ、ざぷりと起こしました。シクシクはしっかり海水を浴びて、今度こそほんとうに怒り狂いました。口に出すのも憚るような言葉をくどくど続けます。
その様子を見た海は、呆れたように波浪をおさめました。
「シクシクとやら。ひとつの方向だけを見て物事を決めてしまっては、おまえさんが損をするだけだ。そういうふうに世の中できているんだよ。」
シクシクは憤慨しかけて、これまでシクシクに意見を言ったものたちが少なからずシクシクに影響を与えてきたことを思い出し、海の話を聞いてみるのも悪くないと考えました。
「シクシクがどうして損をするのさ。」
「そりゃあおまえさん、自分が悪くないのに悪く言われてみもしなさい。言った相手のことを嫌なふうに感じるだろう?」
「そんなの当たり前じゃないか。」
それを聞いた海は、波を少し荒立てました。
「そこまで分かるのに、なぜその先を考えないのか不思議でたまらないね。」
「シクシクをばかにしてるのか!」
どことなく海は、シクシクに同情しているような雰囲気になりました。
「おまえさんは可哀想な子だ。もっと視野を広げなさい、見えないものが見えるはずなんだ。」
「それはどういう意味なの?シクシクはいつもばかだって言われてきたんだ。シクシクだけ世界の説明書持ってないみたいに。」
「そうか。確かにおまえさんは持っていないんだろうね、その説明書を。だが誰もがみんな最初からは持っていないよ。みな成長の過程でページを増やして行くんだから。」
「説明書は最初から全て答えが書いてあるじゃないか。それに増えていくなら、いちばん最初はどうするって言うのさ。何も知らないままだと失敗するよ。」
シクシクは視線を大きな水たまりからそらし、自分の足元を見つめました。長らく歩いたせいか、クツはもう古びてぼろぼろでした。
「失敗は怖いかい?」
海が優しく聞きますと、シクシクもそっと言いました。
「怖いね。だってシクシクが嫌われちゃうじゃないか。アイツはばかだってね。」
「ふむ、そうだね。おまえさんはホントにどうしようもなくおバカだね。」
「シクシクをばかにするな!失礼だぞ!」
「おまえさんはどこのお偉いさんなんだ、私に言った暴言の方がよっぽど失礼だとは思わないのか?」
そこまで言われて、やっとシクシクも気が付きました。この場合シクシクが悪いのですが、いざ悪く言われると互いに相容れないと感じてしまうと思ったのです。怒りが霧散していくのをシクシクは感じました。
「シクシクが悪かったよ。でもシクシクは自分のこと嫌いじゃないんだ。ばかだけど、みんなのことは考えたいって思ってるのはホントなんだ。」
「そうかい、そうかい。いい志ではあるね。それを実行できる知恵がおまえさんには必要なんだね。」
「そうなんだ。ねえ、シクシクが損をする理由を教えてよ。それがきっと、シクシクの知恵になるはずだから。」
海は唸りながら、丁寧に言葉を選び、シクシクに答えを教えました。
「悪い方に偏った気持ちで相手に接すると、相手に快く思われずに嫌われてしまうのは、分かるね。」
「うん、分かるよ。」
「嫌われるってことが、おまえさんだってどれくらいイヤなことか分かるだろう?」
「うん、うん、分かるよ。」
「それもひとりだけじゃなく、大勢になれば、それこそ自分がみんなから嫌われる。そんな態度を誰彼構わずにずっと続けていればね。」
シクシクは頷きました。
「それは、きっとみんな損だって思うね。シクシクだって思うもの。」
「そうだね。おまえさんは愚かだが、根っこは賢いはずだよ。これから知恵を付けて行けば、表まで賢くなれるよ。そして、損もしないさ。」
シクシクはそっと目を閉じました。隣の家に住むハツカネズミに、挨拶をする自分を見て、立派になったねと言われる想像をしました。
するとどうでしょう、シクシクも何か見えてきたようです。
「自分の行動って、自分に帰ってくるんだね。」
「そうさ!よく分かったね!」
海は感激のあまり、高波を立て、またシクシクに海水を浴びせてしまいましたが、シクシクはそれに怒ることもなく嬉しそうに言いました。
「すべては海がくれた知恵さ!」
次に見えるのは小さな集落です。シクシクに知恵を与えてくれる、大きな存在に別れを告げ、今日も歩き続けます。