6 鍛冶師エリナ
「こんにちは。買い取りお願いできますか?」
ボイルは客と適度に話し、よく笑顔を浮かべる女性プレイヤーに声を掛けた。
「もちろんいいですよ。今なら適正価格です!」
雰囲気は新社会人か大学生くらい。身長は女性の平均。髪型はポニーテールでダークブラウンだ。親しみが持てる町娘だが、清楚で綺麗系だ。初期服装の上から白い布ローブを着ている。
「買い取る種類はどれですか?」
「とくにありませんよ。すべて買い取ります」
「わかりました」
ボイルは蟹甲羅と食品アイテム以外の全て売り払った。売り方はトレードシステムを利用してだ。
「毛皮は高品質ですね。これならいい防具が作れます」
「品質? Fランクの間違いでは?」
店員は苦笑いを浮かべながら答える。
「ランクとは別に、アイテムの質が設定されていまして」
「俺は見たことないです」
「スキルのおかげです。これ以上聞くのはマナー違反ですよ」
「すみません」
女性プレイヤーは何処かホッとしながら会計を進める。
「分かっていただければ大丈夫ですよ。買い取り額はこんな感じです。いいですか?」
ボイルが店を吟味していたのは、なにも店員だけを見ていたわけではない。相場も見ていた。
「相場より高い値段ですが?」
「高品質ですからね!」
本当にいい素材なのか、女性は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「ではそれでお願いします」
「まいどありです! それにしても顔に似合わず丁寧な人ですね。」
「うっ」
ボイルは初対面のプレイヤーということで、敬語で話していた。
「やっぱり違和感ありますか?」
女性はピーンと指を立てて、少し大げさに肯定する。
「大ありです!! ありまくりです」
「ははっ。ならやめさせてもらう。正直、仕事を思い出した」
「お仕事されている方ですかー。私年下なんで、そっちの意味でもやめてもらって、ありがたいです」
二人とも苦笑いだ。
「そっちも敬語やめてくれないか」
「年上の人に対して、敬語じゃない方が不慣れで疲れます。今のままでお願いします」
「了解した」
再度、笑い合う。
「もしよかったら、フレンド登録しませんか?」
「こっちこそ頼む」
登録のメリットは、簡単に言うならば携帯電話の機能が使えることだ。
通話だったり、チャットだったり、位置情報だったり。もちろん使用する際には、相手の同意が必要になる。
「私は鍛冶師を目指しているエリナです!」
「俺はボイル。自ら酒を造り飲むテイマー兼海の漢を目指している。悪いが、酒造の材料は売れない」
二人はシステムウインドウを弄り、登録を済ませる。
「酒造ですか。私は全種類の武器と防具を作りたいので、そっちは手付かずです。あ、収穫系のアイテムも買い取りますよ?」
収穫系とは採掘、採取、漁獲の三種のことをさす。
「ポイントが見つからなくてな」
「それって……もしかして【発見】取得していますか?」
「必要なのか? 罠発見的なスキルではないのか?」
「必要も何も、必須ですよ!!」
「詳しく教えて下さい」
知りたいことが知れる機会が訪れ、ボイルはとっさに敬語でお願いする。
「敬語でていますよ」
「あ」
「ふふっ。えーっとですね。発見スキルは――」
現状分かっている【発見】の効果は、収穫系スキルでアイテム入手できる場所を見つけるためのもの。ボイルが採取ポイントを見つけられなかったのは、このスキルがなかったからだ。
さらに【下級マッピング】があれば、一度収穫したポイントがマップに記載される。罠発見系は【直感】の効果だ。
「ありがとう。これからは要らない収穫アイテムも売りにくる」
「え? これからも利用して下さるのですか?」
「フレンド登録したし」
「それとこれは話が別かと思っていました」
「効率は求めてないからな」
「私、全武器と全防具作りたいから、強化系はまだ全部揃っていません。ポイントが溜まれば取りますけど、今は性能落ちします。大丈夫ですか?」
よく言えば大器晩成型。だが、序盤が肝心なMMOでは少し敬遠される。
「最前線の攻略組でもないし、ゲームだからな。友達に作ってもらった方が楽しい」
「ありがとうございます!」
「これからは贔屓にさせてもらう」
「はい! よろしくです!!」
エリナはビシッと敬礼もどきのポーズをとる。
「それじゃ。また売りに来るね」
「お待ちしてまーす!」
二人はお互いに手を振り別れる。ボイルはその足で第一産業ギルドに向かう。道中のプレイヤーにも活気があり、住人との交流も多く見受けられる。革鎧の一部分だけ初期装備ではないプレイヤーもチラホラと伺える。
「今日はどうかいたしましたか?」
ギルド内は広いロビーと数個のカウンターが目立つ。ロビーはプレイヤーと住人たちでごった返していた。
椅子に座り情報交換しているプレイヤーも散見する。生産職が一堂に集まっているだけのことはある。
「初めてだが、酒造できる作業場を貸してほしい」
「初心者向けの施設は一時間からレンタル可能です。一時間あたり五〇〇Sです」
「一時間頼む」
「承りました。作業場はあちらの扉からお進みください。延長はその都度、申請をして下さい」
アトリエは個室だ。借主の許可があればフレンドやパーティーメンバーも入室できる。スキルの成長度合いで、借りられる部屋のグレードが上がる。
それに伴い料金も増える。店員が示す場所には、扉が五枚ほど並んでいた。適当に選び、扉の前に立つ。使用と訪問の二つの選択肢が現れた。ボイルは迷わず使用を選ぶ。
「ドアを開ければそこは……作業場だった。ゲームらしいことで」
カウンター横の扉を開けると廊下などなく即作業場。内装は一通りの生産施設が揃っている。鍛冶から始まり革細工、裁縫、木工、錬金、調薬、酒造、料理の八種類がここでは製作できる。
他にも栽培、養殖、畜産、建築もあるが、それらは土地を借りるか購入してからだ。この作業場では生産できない。水道やミシンなど、時代錯誤な道具もあるが、そこはゲームだ。内装と機能はファンタジー的だ。
「酒造がこれで、魔石はこれかー」
ジョッキ大のシェイカーに、小さく切ったアイテムと水を入れ、音ゲーの要領で上下左右に振れば酒ができる。魔石はクルクル回る抽選機みたいな中に欠片を一〇個入れ、一定時間内に指示された回数分、回すと完成だ。
「先に魔石を作るか。酒造は試行錯誤で楽しめそうだし、お楽しみは後だな」
Fランクの魔石の欠片一〇個を入れて蓋をする。欠片の色合いは深い青だ。システムウインドウが浮かび上がり一〇秒間に一〇回回せ、と指示が浮かび上がる。
《スタート》
軽快な音と共に時間が進み出す。
「ふーぬ!!」
ボイルは変な声を出して回す。人がいると力み声は恥ずかしいが、今は問題ない。
「まあ、余裕だな」
四秒ほどで生産完了だ。一〇秒間に一〇回と言われれば難しそうに聞こえるが、一般人が一秒間で三回拍手できるくらいだ。案外簡単にできる。
「これでFランクの魔石は二個か。すぐなくなるな」
一体目は墓地で、二体目はゴブリンで、ボイルはそう考えている。魔石の大きさはピンポン球くらいの大きさだ。色合いはあまり変わらない。
「次は本番の酒造だ。貝柱と肉は料理に使いたいし、やっぱ蟹で試すか!」