ふたりの夏休みと、ヨスガの冬羽(とあ)
◇
ロリスが家に来てから早一週間。
隠れ里――小国の暮らしにも慣れてきたみたい。
あたしは昨日から夏休み。
高校へはしばらく登校しなくても良いし自由万歳! 解放感を満喫したいけど宿題はある。将来の進学も考えて、しっかり勉強しなきゃいけないのだけれど……今はまぁ、いっか。16歳の夏を謳歌しよう。
「はぁー、朝から暑いぃ」
冬は極寒で夏は猛暑。神様、天候パラメータを、ハードモードにしすぎなんじゃないの?
「こちらの夏はとても厳しいのですね」
流石のエルフも暑いみたい。エルフ耳がしんなりしている。
そして、白地のキャミワンピの胸元を、ぱふぱふとあおぐ姿が、なんというか、尊い……!
あたしのエロ視線に気づいたのか、ロリスは頬を赤らめた。
ロリスは、最初は見知らぬ場所、暮らしに慣れずに緊張していた。
侵略者の襲撃で村を焼かれ、家族や仲間を失くしてしまった。その悲しみや苦しみはどれ程だったろう。お父さんに頼み、お寺で焼香しお経を上げてもらった。宗教もなにもかも違うけど、供養の気持ちはロリスにも分かったみたいだった。
それまでは意気消沈していた彼女も、いまではかなり元気になった。
あたしに出来ることはずっと一緒にいてあげるくらい。あれやこれや、いろいろと話しているうちに、笑顔を見せてくれるようになった。
「夜はお風呂で汗を流そうね」
「はい……」
――お風呂は一緒に入るのが習わしなの!
あたしはロリスにそう吹き込んで、毎日一緒にお風呂に入っている。
水浴びと沐浴しか知らないエルフちゃんの背中を流し、髪を洗い、互いに身体をこすりあう。
あぁ素敵。女の子同士、裸のお付き合い。これは正義。何者にも邪魔はさせない。
それはさておき。スキンシップを大切にすることで打ち解けて、友達に、そしてもっと深い心の絆、信頼感が芽生えてくる。
あたしはそれを待っていた。
「暑くてまいっちゃう。海でもいきたいなぁ」
「海……?」
「あ、大きな塩味の湖だよ」
「き、聞いたことがあります! 大地の尽きる、世界の最果て、昼と夜の生まれる場所だと」
「い、いやいや!? そこまで大袈裟じゃないよ」
ファンタジー目線なロリスを海に連れていってあげたいけれど、流石に海は遠い。お父さんに車を出してもらわなきゃだし。
仕方なく、午前中は川遊びに決めた。
家のすぐ近くを流れる清流で、ロリスと水遊びをするのだ。
徒歩十五分ほどで森の中を流れる渓流についた。寺の山から湧き出す岩清水だ。
「わぁ! とても綺麗な川ですね」
「飲んでもいいんだよ、名水ってやつ」
さらさらと水の流れる音、セミの声、そして小鳥のさえずり。夏の日差しは真上に差し掛かりつつある。
「森で二人きりでは……危険はありませんか?」
「へーきへーき。魔物なんて出ないから安心して」
魔物はおろか、危険なあやかしの類いもいない。
だけど……ぽちゃん、と上流の大きな岩影で水音がした。
「な、なにか泳いでいます」
「あーあれは『河童』だよ」
「かっぱ?」
「えーと、水棲の亜人種みたいな。このあたりの子は悪さしないから」
上流には家の一軒もない清流は、飲めるほどに澄んでいる。木陰が涼しくて、岩陰にはイワナも潜んでいる。河童はそれを捕りにきたのだろう。
「とあがそう言うのなら、平気です」
ロリスはほっとした様子で微笑んだ。
あたしのことを気軽に「とあ」と呼んでくれるようになった。
「うん、水着は着てきたね?」
「ぴちぴちです……」
ロリスはちょっと恥ずかしそうだ。
裸のお付き合いをしているのに、水着でなぜに照れるのか?
あたしの中学時代のスクール水着がピッタリ。思惑通り、発育途上の芸術的なボディを包んでいる。すらりとした手足に、まるで妖精のような白い肌。これぞ眼福ってやつ。けれどエルフのスレンダーなボディに相反し、大きめの胸。どうしたって視線が向く。
「むふ……」
「川遊びでは、素敵な服を身につけるのですね?」
「エルフの里では全裸で水浴びだったかもしれないけど、ここでは一応。コンプライアンスってやつ」
「コンプラ……? なんだか貴族になった気分です」
「そりゃよかった!」
スク水の胸に縫い付けた「3-1」の布がはち切れそう。おかしい。胸のサイズはあたしを凌駕しているとはどういうことか。ハレンチエルフめ。
「きゃっ……!」
「きゃ、うふふ!」
ぱちゃぱちゃと水遊びをして、小魚を追いかける。あぁこれぞ夏休みの正しい過ごし方ね。
あっという間に昼になり、家に戻ると素麺が用意されていた。
「なんて細い……! 絹糸のようです」
「そんなに感動されるとあたしも嬉しいよ」
夏といえばそうめん。お寺の頂き物だけど、ちゅるるると二人ですする。美味しい。
「お箸、難しい……」
「フォーク使って」
ロリスは見るもの、食べるもの、全てが新鮮らしく、反応がいちいち楽しい。
彼女のいた世界はファンタジーな中世風で、日本とはかなりかけ離れた世界らしい。
だからこその異文化交流。
逆にあたしはロリスの話を聞くのが楽しい。エルフの里でも大事にされていたことがわかる。
異世界での暮らし、魔法に魔物。夢のようなお話は平和だったころの想い出だった。
「そうそう、川で遊んでいる間にスイカも冷やしておいたんだ」
「ふえっ? 大きな瓜!?」
緑色に縞模様、まん丸の夏野菜を見せるとロリスはとても驚いた。エルフの里にスイカは無いのね。
「はい、おまたせー。スイカだよ、食べてみて」
小川で冷やしたスイカを八等分に切って、縁側で食べることにする。
ちなみにロリスは夏服に着替えている。
ノースリーブの白のキャミソール風ワンピに素足。鎖骨からほっそりとした腕までのラインが芸術的で美しい。
「スイカの中はベリーのように赤いのですね」
「うん、夏の色って感じでしょ」
「夏の色……! 素敵です」
「でしょ、さぁ食べよう」
二人で縁側に腰掛けて、庭を眺めながらスイカをかじる。
「わっ!? とても美味しい!」
ロリスが感嘆する。スイカを食べて目を丸くするや、同時にエルフ耳がぴこっと動く。その様子が子猫みたいで可愛らしい。
あーもう、永遠に眺めていられるわこの子。
「これ、ハネトの家で育ててたスイカなんだ。毎年、もらうんだよー」
「ハネトさん。昨日いらしたご友人の?」
「まぁ幼馴染みってか、寺の下の畑の家でさ」
ハネトはどうでもいいので雑な説明で済ます。
「……はむ、ジューシーで甘くて最高です!」
ほっぺたに種を付けながら、シャクシャクと夢中で頬張るエルフちゃん。
スイカは今年も甘くて美味しい。なかなか良い出来だ。
ハネトが昨日やってきてスイカをくれた。
「先日のお礼だからってじっちゃんが」
「おー、さんきゅ!」
先日のお礼? あぁ、峠の『ターボ婆さん』を鎮めた件ね。
どうせまたリポップ、再出現するにきまってる。この里の土地に染み付いた「もののけの類」なのだから。
「ぷっ!」
「とあ、何を?」
ロリスが驚く。困惑の色が浮かんでいる。
「こうやって種をまくと、芽が出て育って、また食べられるよ」
「本当ですか!? では、私も……ぷっ」
「種飛ばし競争だ!」
ちなみに、こうして蒔いたスイカの種は発芽して育つけれど、お盆をすぎると育たなくなる。
実に儚い夢のよう。
縁側の下には、あたしと彼女のサンダルが並んで脱ぎ捨ててある。
庭を囲むように咲く元気なひまわり、ジージーと鳴くセミ、しなびた朝顔。濃密な緑に彩られた山々を見下ろす入道雲と青い空。
全てが「夏」という時間そのものだ。
「とあ……」
「ん? なぁに」
「こんなに良くしてくださって……とあには感謝してもしきれません」
「いいのいいの」
微笑みかけても、ロリスの顔には一抹の不安、迷いが滲んでいた。
「でも、私がいることで、とあや里の皆様に迷惑をかけてしまわないか……。それが心配で」
確かに先日、ロリスの後を追うように向こう側の世界から未知の「魔物」が侵入した。
ロリスを追って来たと考えるのが自然だ。
地下にある『まる穴』のゲートを通って、ロリスの痕跡を追尾してきたのかもしれない。
エルフの里を滅ぼした魔導師とやらは、あたしたち「こちら側」の存在に気づいただろう。
やがて、また魔物がやって来るかもしれない。
里で暮らす妖怪やもののけ、あやかしとは全く異なる「敵」が。
「心配ない! そのときは、あたしがガツンと追っ払うから!」
空中に吐き出したスイカの種を、ぱしっ、と拳で叩きつける。
「そんな! とあには何の関係もなかったことなのです……。エルフの里も魔導師も……」
関係? あるよ。もう関係は十分ある。
ロリスと出会った瞬間に、関係は芽生えた。
「余裕! あたし寺生まれだから、強いんだよ? 知ってるでしょ」
「……でも」
ロリスはあたしの言葉に耳を傾けていたけれど、不安げにうつむいた。
細い肩を自然に抱き寄せて、耳元でささやく。
「頼ってくれていいよ」
「とあ……」
「信じて」
「うん」
素直にちいさく頷く。
そんなロリスを後ろからそっと抱き締め、体温と汗の甘い香りを感じる。
こんなに細い身体でがんばったんだね。
そっと手を重ね、指を絡める。
「おまじない」
後ろから抱き締めたまま、顔を傾けて、唇にキスをした。
「あ……」
ロリスのエルフ耳が赤らんだ。
キスはスイカの味がした。
唇を離すと、彼女は目を一度瞬かせた。長い睫がかすかに濡れている。
「びっくりした?」
「……ちょっと、だけ」
あたしはロリスと縁を結んだ。
ヨスガ、ロリスの拠り所になるために。
「みえる?」
二人羽織いのまま、庭先から見える風景に視線を向ける。
「はい。綺麗な世界です」
「ここはね、普通の世界と地続きだけど、ちょっとだけ……位相が違んだ」
「聖域……みたいな?」
「あ、いいね聖域。気に入った」
今度からそう呼ぼう。
外側の彼らは『要』、結界領域って呼ぶけれど、知らないしあたしには関係ない。
「昔はねここを『マヨイガ』って呼ぶ人もいた。無心で歩いていたり、山で道に迷うと、知らずに迷い込んじゃう人もいたりしたから」
「だから、私のような異邦人も来てしまうのですね」
「そういうこと」
けれど、旅人はやがて去って行く。
戻るべき場所があるからだ。
けれどロリスは違う。
還るべき場所が失われてしまった。
だからここにいるしかない。
こうして里の水を口にし、食べ物を食べることで、ロリスはやがて「この里の子」になる。
頼る人の居ない行く宛てさえ無い。ロリスがウチに来たのは、ここが受け入れる場所だからだ。
絆が、大切な人を護る理由になる。
存在を懸けて、戦う意味になる。
――さぁ来い魔導師!
ロリスに手出しをするなら、あたしが叩きのめしてやる!
<つづく>