【幕間】式神『護法童子(ごほうどうじ)』
■■■
京都・一條戻り橋近郊、某所。
平安の時代より連綿と続く、陰陽寮の総本山。
五芒星が施された襖と簾により、複雑かつ厳重な結界が構築された広間に、各地を代表する陰陽師たちが集まっていた。
「……北日本の龍脈は、鎮まったようじゃの」
一段高い雛壇で、一見すると即身仏かと見紛うほどに枯れた法師が口を開いた。紫色の法衣と頭巾を被った最高位――陰陽頭だ。
「十年前の大震災を引き起こした龍脈の乱れにより、日本各地の『要』が緩み……。未だ災厄が猛威を振るっております」
幹部の一人が困惑したように言った。
「そして今回は、北東北で文字通り『鬼門』が開いたわけか、まったく忌まわしい」
別の幹部が蔑むようなことばを口にした。京の都から見れば北東北は鬼門に位置し、古来より鬼の棲む地と囁かれていた。
これに東北地方を統べる陰陽師が鋭く反論する。
「此度の『まる穴』の一件、京の中央政府が東北に押し付けた結果であろう!」
「核廃棄物同様、京都から北に遠ざければ良しとは、身勝手にも程がある……!」
他の幹部も同調し、内部が一枚岩でないことを鮮明にする。
「北東北は魑魅魍魎が蠢く呪われし地。まっこと、物騒よのぅ」
「仕方あるまいて。西日本は今や『殺生石』の封印を破壊し、逃げおおせた九尾めの追撃で手一杯じゃ。その上得体の知れぬ『まる穴』まで面倒は見きれぬて」
「さりとて、パンドラの箱であったのは事実」
「異界へと通じる門が開き、彼方より異星人めが攻め入るとは……想定外でしたな」
「陰陽寮の庇護のもと、国防軍の現代火力を投じ、なんとか撃退したものの……被害は甚大じゃ」
「いや。むしろあの程度の被害で済んで幸いよ」
様々な法衣を身につけた上級陰陽師たちがヒソヒソと語り合う。
「ふん……! その異界より這い出た化け物の親玉を、命がけで倒したのは我ら『極六曜』ぞ!」
仁王のような大男、仏滅が声を張り上げた。最強の戦闘法師『極六曜』にして最高幹部の一人。
あぐらをかいたまま、広間全体を睨み付け、黙らせる。その迫力と眼力に皆が口をつぐむ。
「うふふ。現世は大波小波、乱れた気は、様々な災いを招きますゆえ。皆様の結束こそが肝要かと」
平安絵巻から抜け出してきたような黒髪の美女、大安の言葉に皆が頷く。
「……それぞれ思うところはあるじゃろうが、こたびの凶事の平定、ご苦労であった」
陰陽頭のねぎらいの言葉に、全員が静かに頭を垂れた。
「とはいえ、実のところ最後の最後でしくじっちまった。三人がかりの殲滅術式から逃れるなんざ、宇宙人のタコ野郎め」
仏滅は少々バツが悪そうに頬を掻いた。
「異界よりきた親玉の魂を喰らったのは、例の『要』の少女でした」
大安もフォローをいれる。
「で、結局は『要』の番人、寺生まれの冬羽ちゃんのお手柄ってわけ」
最年少の極六曜、先勝が苦笑する。
「……じゃが、恩のある寺生まれの娘に、余計な迷惑をかけたようじゃ」
陰陽頭が白い眉毛に隠された眼光を鋭くする。
その静かな怒りに場が冷えた。
水を打ったような静けさに、全員が恐縮。息を殺し耳を傾ける。
「……『極六曜』の赤口の死より十年……。いまだ後継者は見つからず。それがきゃつの忘れ形見、式神の『護法童子』の暴走を招いた。本を糺せば、我らの怠慢による……失態じゃな」
白い顎ヒゲを撫でながら回想する。
十年前、三陸沖の日本海溝、水深千メートルに眠る巨大な龍が胎動した。
龍脈を鎮めるため、北東北を鎮守していた赤口は人身御供として命を捧げ、最悪の事態を避けた。北東北に巨大な地震と津波による甚大な被害を出しつつも、日本列島壊滅はなんとか防ぐことができたのだ。
しかし赤口の忘れ形見。本当の我が子のように育て、全てを教え込んだ式神――『護法童子』が残された。
式神は自律志向型術式により、式神でありながら人の姿と知恵を有していた。
赤口の知識と法力を受け継ぎ、その名を騙り存在し続けた。
闇に蠢く魑魅魍魎を鎮める、正義の式神として。
夜に人知れず戦い続けた。
だが、時を経るうち、徐々に歪みが蓄積。やがて護法童子は誤作動を起こした。
自らの存在への疑問、思考の無限ループ。
生者への妬みと、憎しみ。
歪んだ感情はやがて、同じような出自を持ちながら「普通の少女のように」暮らす寺生まれの存在、冬羽へと向けられた。
引き金となったのは地下の『まる穴』の一件だ。冬羽は無自覚のうちに八面六臂の活躍をみせた。
「バグり始めた『護法童子』は、自らの存在に対する怒りの矛先を、要の番人に向けた……ってわけだ」
仏滅が唸る。
妬みが式神さえも狂わせた。事もあろうに、名のある川の主を蠱毒のように扱い、強力な祟りを仕向けたのだ。
「現在、赤口を名乗る護法童子は捕縛し、精神初期化処理、および人格術式の再調整処理中です」
「彼の持つ力は強大です。赤口の空席を埋めてくれる存在となればよいのですが」
大安が心配そうに、憂いの表情を浮かべる。
「……この末法の世。人々が抱くのはそこはかとない、希望と祈りじゃ」
陰陽頭の言葉を傾聴する。
「……人の希望という概念が、人のかたちを取った存在。それが、寺生まれの冬羽ちゃんじゃからのぅ」
陰陽頭がヒヒヒ、と歯の隙間から漏れるような笑いを零す。
場が和み、皆が頷いた。
この瞬間、得体の知れない異形、形を持たぬ概念から生まれた存在とされた謎の要の番人、冬羽の存在が承認されたことを意味していた。
「皆様には護国安寧、平定の儀の執行をお任せいたします。平穏な現状を維持、それこそが我らが望むべきものです」
大安天女を思わせる姿と声に、その場にいた全員が頷いた。
◇◇◇
「破ぁああああっ!」
ぱぁん!
真っ赤な汁が周囲に散った。
木刀から伝わる確かな手応え、直撃だ。
「きゃあっ!?」
「スイカが破裂したぞ!」
「とあ姉ぇのバカ! やりすぎだよ!」
目隠しを外すと、あたり一面、スイカの破片と果汁が散乱していた。
ロリスとハネト、夏樹にも盛大に果汁が降り注いだらしい。
「あ、あれ……? ゴメン! なんか急にムズムズして……」
背中がむず痒くなって、破壊衝動が抑えられなかった。思わず気合いもろともスイカを叩き割ってしまった。
「あーあ、跡形もないや」
「スイカ割りって、凄惨なものですね……」
夏樹は残念そうだしロリスには、誤った文化を教えてしまった。
「全身スイカ汁でスプラッターなんだが」
メガネを拭きながら、ハネトが非難めいた口調で言う。地面のスイカは無惨にも、ブルーシートの上で木っ端微塵だ。
「とあ……これは?」
「ん?」
スイカの下からロリスが見つけ指差したのは、虫だった。
一見すると蜘蛛のようだけど、尻の部分が妙に大きくて宇宙人みたいな顔の模様が浮かんでいた。
「うわ、気持ち悪い」
「隠れていたのですね」
「とあ姉ぇ、それに反応したんじゃない?」
「なるほど、食わなくてよかった」
あたしの一撃で即死したのか、崩れるように消えてしまった。
「あたし、あるある?」
「うふふ、ですね」
「スイカごと爆殺せんでいいだろ」
可愛く言ってみたあたしにロリスが同調。ハネトはジト目になった。
「ね! スイカはもうひとつあるよ」
夏樹が笑顔で、井戸水で冷やしていたスイカを持ち上げた。
「あたしはパスするね」
「当然だ!」
<つづく>




